2007-11-28

スポンテニアスなアートの日

今日は、アーティストの仲間達と、代官山で落ち合って、「GALLERY it's」で行われていた、森田春菜さん(陶)と小原聖子さん(金属)の2人展を見に行った。

でも、予定していたプランとは違い、飛び入りのプランも入り、とても楽しかった。英語ではこういうことを「spontaneous(スポンテニアス-自然に起こる)」と言う。私はこの言葉が好きだ。

とにかく、2人展に行く前に、ちょうど元ルームメートが働いている、adam et Ropeの展示会が代官山であり、そこにその友達のイギリス人のアーティストを連れて行くことになった。この方は、以前一度会った事があり、またの再会に歩きながら話しが咲いた。普段入ることのできない、会場に入り、別のアーティスティックな世界を垣間見た。

その後、2人展を見た。とても素敵なスペースだった。陶と真鋳の金属が違和感なく一緒に共存していた。陶の作品は、ただの器ではなく、オブジェのようなもので、こんな作り方もあるんだと、新鮮だった。

展示の仕方もユニークで、影も素敵な作品の一部になっていた。

見終わり、お腹もすいたので、渋谷の駅の方へ歩き、前一度主人と食べ気に入った、美味しく、手頃で色々なねたの多い回転寿司屋の「天下寿司」で夕食をとった。皆も満足で、また来たいと言っていた。いいものを分かち合えるのは、喜びだ。

その後、スタバでお茶をしながら、日本ではアートや文化がないがしろにされている現状を話しあった。日本では、アーティストを支援する制度が、とても限られている。芸術の位置づけも文部省の中の教育の下に芸術が置かれている。これは、アーティストにとっては、窮屈なことだろう。

皆と話しながら、これから活躍していくアーティスト達にとって、励みになるのが、彼らの作品を買うことだということ。彼らの作品は普通の人でも手が出やすい、お手頃価格でもある。また、自分のコレクションにもなる。私も陶の作家さんの作った、小さな作品を一つ買った。

また、日本人の気質でもあるのかもしれないが、美術評論家がうまく批判できずに、自分の好きなものだけに情熱を置いてしまうところにも、アートが正しく批評されにくく、良い作家が育たないところにも問題があるかもしれないと。もちろん、日本人の中にも素晴らしい作家を育てようとしているキューレーターや画商さんもいらっしゃる。そういえば、こないだ見た、ヤン・フートという美術批評家は、ビシバシとすごい批評をしていた!でも、そこにアーティスト達に対する愛を感じた。

また、どうしても、売れる芸術だけに走ってしまう世の流れもあるようだ。芸術の見方がまず、教えられていない。美術館に行っても、有名な作品を”見た”ことだけに、満足してしまっている人がなんと多いことか。

以前、NYCのメトロポリタン美術館に行った時、ちょうどキューレーター(学術員)が、無料で絵の説明をして回っている時間にあたり、私も一緒に着いて回った。どのようなものが描かれているのか聞くことにより、その後絵をどのように見たらいいのか学んだ。ルノワールの作品を見せながら、いかにその当時、ヨーロッパの画家達が日本の文化に感化され、その影響が作品の中に描かれているのか、説明してくれた。

知らなかった!

でも、それを聞いて、当時の日本の文化・芸術がどれほど影響を与えたのか、すこし誇らしかった。

とにかく、久々のアートトークに胸がワクワクした。こんなアーティスト達が自由に語れ、つながっていく場をまた創りたいと思った。

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