2007-09-28

先週のHERO

先週の土曜日の、主人の土曜出勤の後に、映画を観に行くことにした。ちょうどその日は、22日「夫婦の日/カップルズ・デー」ということで、一人¥1000で観れた!

「Life-天国で君に逢えたら」か「HERO」とで迷ったが、私達の行ける時間には「HERO」しかなかった。主人の会社の人達も、「HERO」を薦めていた。主人は、木村拓哉さん主演ということで、ちょっと躊躇気味だった。

みなとみらいの109シネマズという所で観たが、みなとみらい線の新高島駅から出たすぐの所で、とっても便利だった。

映画は、おもしろかった!

久々の、娯楽映画で、楽しめる作品だった。メッセージもしっかりしていて、笑いもあった。俳優人達の演技にも意気込みを感じた。主人も、かなり気に入った。次の日には、以前やったHEROのドラマスペシャルがあって、映画の中の「?」が解けた。二人でHEROにはまってしまった。

2週間で、375万人の人が観に行ったそうだ。私達もその中に入っている。8:35pmから始まる回だったのに、ほぼ満席だった。人気のある映画であるのがうかがえた。続編が出たら、また観に行きたい。

なんの映画を観ようか迷っている方には、お薦め!

映画が終わり11:30pmぐらいになっていたが、映画館の下に、ゲームセンターの射的があり、主人がトライした。7発中、3発当たって、スヌーピーのぬいぐるみをもらった。こんな遅い時間まで遊べる横浜は好き。

2007-09-26

洗濯物天気予報

うちのほとんどの洗濯物は、乾燥機で乾かしていて、主婦としてずいぶん楽をさせてもらっている。

縮んで困るものと、主人の願いで、彼のジーンズは外に干している。

お隣もほぼ毎日洗濯をして、外で乾かしている。奥様は仕事をしてらして、行く前に洗濯物を中のほうに干し変えていかれる時がある。その日は、必ず雨が降る。はずれる事がない。

夏のある日、朝はカンカン照りだったのに、その日は洗濯物を中のほうに干し変えて、仕事に出られた。私は

まさか雨降らないよね

と、縮んで欲しくないものを外に干した。昼近くに、ポツポツきたなと思ったら、ザーっと雨が降ってきて、急いで洗濯物を取り入れた。

当たった

それ以来、洗濯物を外に干す時は、お隣の様子を見て、干すようにし、出掛ける時も、折りたたみ傘を持っていくべきかどうか、決める。お隣さんに感謝!

2007-09-22

ピカピカシンク

キッチンが暗いなぁ~と思っていたら、流しが汚れているのに、気づいた。

毎日いろいろなものを洗い、知らない間に汚れが着いていた。

私の心はどうだろ?いろいろな事を通して、自分の心がだんだんと曇っていってしまうと感じる時がある。

  「神よ。私を探り、私の心を知ってください。

   私を調べ、私の思い煩いを知ってください。

   私のうちに傷ついた道があるか、ないかを見て、

   私をとこしえの道に導いてください。」 

            聖書-詩篇139篇23-24節

いつも自分の心の状態を見ていてくださり、導いてくれる方を知っているのは、幸いだ。

流しをクレンザーで磨いた。流しが明るくなり、キッチン全体も明るくなった気がする。カラトリーに入っている、フライ返しも流しに映っている。

今日は、旦那様は、どうしてもやらなければいけない仕事があり、土曜出勤。終わったらレイトナイトショーで「Hero」を観に行く予定。久々のデート!

2007-09-21

自然の絵

友達に日本画アーティストがいるので、日本画を見るようになった。

日本画は、岩を砕いたり、貝を砕いたりした顔料を膠(にかわ)でといた絵の具を使う。また、水も使うので、描いては乾かしという作業が重なる。金箔や銀箔を使う作品もある。だから、近くでみると、岩絵の具がキラキラして見える。実に美しい。

なので、うちにある日本画の作品は、ガラスを使ったフレームはつけていない。ガラスを通さずにキラキラを見たいから。また、風化していく自然を感じたいから。

絵といえば・・・・今週の陶芸教室では、作品に絵付けをした。今回はある程度いろいろなデザインを考え、絵付けをする時は、肩の力を抜いて、ただその時感じたことを絵付けしてみようと思った。なんとなく、自分では納得いった。

上の作品は、友達の作品。自然光の場所に飾られていて、美しかった。ぜひ本物を見て欲しい。

2007-09-18

日本人の味文化

今日は、友人のアーティストが、キッコーマンの会長さんと、雑誌の対談のためお会いするのに、私もお供でついていった。日本料理店で会食しながららの対談だった。加賀料理のお店だったので、この間いただいた同じ野菜も出てきて、なんだか嬉しかった。

今は、色々な国に行くと、「Kikkoman」の醤油ボトルをよく見かけるが、1973年以前は、日本の醤油は知られていなかった。この会長さんが、アメリカのウィスコンシン州にキッコーマンの初海外工場を作ったそうだ。今でこそ、Soy sauceとして、親しまれているが、日本の食を理解してもらうのは当時大変だったと思う。

その後、野田の本社に飾られている友人の絵を見に行きがてら、醤油工場の見学もさせていただいた。醤油を作る行程は現在6ヶ月程かかり、色々な行程がある。機械化される前は1年ぐらいかかったそうだ。

機械の導入は昭和40年代頃にはできたそうだが、1300名ほどいた社員をリストラしないため、その方々が、定年退職されるまで、待ってから機械化にしたそうだ。なんてやさしい会社だろう。

また、機械化されても、本来の醤油の本質を保つために、手作り製法もしている。昔からいる醤油職人達が、若い人達に技術を教えながら製造している「御用蔵醤油」というのがある。

ただ、年毎に日本では醤油の消費量が減っているらしい。逆に海外では日本食ブームのため、増えているそうだ。

帰りには、工場見学の記念として、醤油をいただいた。主人は大の醤油好きなので、きっと喜ぶだろう。(ちなみに、土曜に勃発した主人とのけんかは、日曜の夜に和解に至った。)

そういえば、小学生の時に行った、コカコーラ工場の見学の最後には、コーラを一本飲ませてもらい、嬉しかった記憶がある。アメリカで行った、ジェリービーンズの工場見学では、最後自分で買わなければ、持ち帰ることができずに、がっかりだった。

お土産を持たせる。もらった方はとても嬉しい。素晴らしい日本の文化だ。

2007-09-15

バターミルク・パンケーキ

我が家の平日の朝食は、オートミール・卵・ソーセージ類・サラダだが、土曜日は大体ブランチになる事が多く、パンケーキも登場する。

最近、ネットで覚えたバターミルク・パンケーキは、しっとり&もっちりしていて中々美味しい。

なので、これを読んでくださっている方に、レシピのおすそ分け:

◎バターミルク・パンケーキ 約5枚分

  小麦粉 1 カップ

  砂糖   小さじ 1

  塩    小さじ 1/4

  ベーキングパウダー 小さじ 1

  卵  1個

  牛乳 1/3 カップ

  ヨーグルト 2/ 3カップ

  サラダ油 大さじ 1/2

1.小麦粉、砂糖、塩、ベーキングパウダーをフォークでよく混ぜる。

2.そこに、卵、牛乳、ヨーグルト、油を入れ、フォークでよく混ぜる。

3.よく温めたフライパンに、お玉一杯分のたねを入れ、弱火で両面焼く。

実に、簡単!しっとり、もちもち感のお好きな方には、お薦めです。主人にも好評です。

でも、今日はパンケーキを食べながら、久々のけんかをしてしまった。1ヶ月ぶりぐらいのけんかだったかな。

2007-09-12

グリーン・セラピー

今日はいつも楽しみにしている、陶芸教室の日だった。今日の作業は、先週ろくろで作った作品の、けずりという作業だった。

ある程度乾いた粘土の作品を、ろくろにのせて回しながら、余分な部分をけずり、形を整えていく。根気のいる作業だ。

今日は3個ある作品の2つをけずった。1個目は、けずり過ぎて、植木鉢のように、底に穴があいてしまった。

2個目は、自分でも納得いくような、うすさと形になった。

まだ慣れない作業なので、2時間終わると、ドッと疲れた。

帰りに、いつもの坂を上るちょっと手前で、色々な草花が植えられている場所に目をやった。

緑をみると、ホっとした。自然は素晴らしい、癒しのセラピーだ。

来週も、もう1個のけずり、がんばろう!

今ちょうど、都内で仕事をしている主人から、今日の夕焼けが見事だったと、メールが入った。

自然はやっぱり素晴らしい!

2007-09-11

あれから6年

NYのワールドトレードセンター(WTC)が崩壊してからもう6年になる。

2000年からNYに仕事で行くようになり、2001年は911の7週間前にもNYに行っていた。

その頃は、行くとWTCから3ブロック離れたトライベッカ地区にある、友人家族の住むロフトに泊まらせてもらっていた。3回目ぐらいのNYで、やっとなんとなく街に慣れてきた頃だった。友達の家へ一人で帰る時に、地下鉄から地上に出て、方向がわからなくなった時は、いつも上を見上げて、WTCが見える方向に歩いていった。NY市民にとっても、方向を示す道しるべの役割を持っていた。ただ、WTCのせいで、友達のロフト近辺は、昼間でも暗かった。

2001年7月に訪れた時、今まで近づくことのなかった、WTCに初めて入り、ビルの外でホットドッグを買って食べ、地下でショッピングをした。また、友達がブルックリン・ブリッジ・ウォークに連れて行ってくれ、橋からWTCをバックに記念撮影もした。そして、NYを離れる日、友達の勧めでWTCからニューアーク空港へ出ているリムジンバスを利用した。その時も、タワー#2のロビーの中にちょっと入った。

ニューアークからコロラドに向けての飛行機に乗ったとき、ちょうどマンハッタンが見える窓際の席になった。離陸して、上に昇ると、マンハッタンがよく見えた。街を上から見ていると、マンハッタンが煙に覆われるような映像が頭の中をよぎった。

「この街全体に、火事とか起きたら大変なことになるだろうな。守られるように、祈ろう。」

と、祈った。

2001年9月11日の11pm過ぎに、ルームメートの携帯に友達から、NYが大変なことになっているとメールが来た。ルームメートと早速テレビのニュースを見ると、WTCから煙が上がっている映像が映し出された。友達の家が気になり、すぐにトライベッカに住んでる友達に国際電話した。留守電ではあったが、電話線が通じたので、友達一家の住む場所は大丈夫そうでちょっと安心した。祈っていることをメッセージに残した。

その晩は、ずーっと、テレビに釘付けだった。そして時間が経つにつれて、色々な角度からの映像が入り、あの飛行機の中で、頭に浮かんだ映像と一緒の映像がテレビに出てきた時は、ビックリした。

あの事件の6ヶ月後、2002年1月にNYを訪れ、またトライベッカの友人宅に泊まらせてもらった。その時は、色々な道が閉鎖され、夜になってもグランドゼロは作業のためライトが着き、たえず工事中の音がした。

でも、昼間になって、二つ変わった事を発見した。一つは、高いビルがなくなり、その場所が明るくなったこと。もう一つは、ニューヨーカーがやさしくなったこと。地下鉄で困っていると、以前は見知らぬ顔をされたが、その時は知らない人が、「どうしたの?」と声を掛けてくれた。

事件直後は、近所同士、見知らぬ人が自然に助け合い、いたわりあい、あちこちにコミュニティーができ、支えあい、本当の街のようになったそうだ。友達はアーティストなので、ショックで制作活動ができなくなったアーティストを励ますために、トライベッカに一時的なギャラリーをオープンし、アーティスト達がその事件で感じたことを表現できる場所を提供した。報道では知りえない、住民の生の声を友達を通して知れた。

ビルが崩壊する場面をライブで見たが、信じられなかった。7週間前に自分がいたところが崩れ去った。NY市民にとっては、そして愛する人たちを失った人たちには、信じたくない、ショックなことだっただろう。でも、その映像を見て、飛行機が突っ込んだだけで、あんなにがっしりしたビルが簡単に崩れてしまうものなのか、ちょっと疑問に思った。以前に見たビル解体と同じような崩れ方だと思った。

6年経って、グランドゼロの周りはだいぶ新しくなり、新しい住人も増え始めている。ただ、あの時、事件現場で作業をしていた消防士さん達が、肺の病気で苦しんでいるそうだ。心に傷を負ったままの人もまだまだいる。事件に関しては、マイケル・ムーア監督が作った「華氏 911」のように、メディアの報道とは違う見解もなされ、ネットでもいろいろなサイトが立ち上がっている。事実と真実を、追求して欲しいものだ。メディアの報道、ジャーナリスト達がちゃんと真実を伝えられるように、祈り続けなければ。

911の事件後、NY市民にとって、一つの慰めが残されていた。それは、グランドゼロのまん前にある、ディスカウント・デパートメントストアーの「センチュリー21」。ここはなぜか被害にあわなかった。なので、事件後早くからこのデパートは開き、近くの住民が変わらずショッピングできる所として、ホッとできたそうだ。私も、NYの街の復興に貢献するため、毎回NYに行くたびに、そこで買い物をかかさない。というか、NYの好きなスポットの一つだ。

2007-09-10

夏休みの終わり

初めての主人との夏休みが終わった。

土日も入れると、9日間の休みは、楽しくリラックスできた。こんなにたくさん一緒にいれたのは、初めてだった。

友達にもらった、ヒルトン東京ベイ・ホテルでのバイキング・ディナー券・・・・・

主人はお昼を抜き、空腹でバイキングに望んだが、お腹が空き過ぎていたのか、早いペースで食べたら、あまり食べられなかった。私は、ちゃんと小腹に入れておいたので、たくさん食べれた。

ディズニーランド・・・・

主人にとっては、初めての東京ディズニーランド。1月の結婚式は朝から大雨、7月の休暇の長野への旅も台風で山は見えずじまい、今回のディズニーランドも台風の予兆で、雨が振ったり止んだり。自分達で漕ぐカヌーに乗ったとき、「雨が降っても傘はさせません」との通達どおり、半分も行かないところで、突然大雨が降り出し、岸に着いた時は、全員ずぶぬれだった。ずぶぬれのまま遊び、エレクトリック・パレードと花火は、幸いにも見れた。見ていた間に、服がなぜか乾いていた。

夏休みの最後は、中学から通っていた教会での礼拝に出た。

午後は11月に結婚する友達のカップルと時間を過ごし、祈りの時も一緒に持った。おだやかな時になった。

写真は、このカップルと前回お茶をした時に、主人が教えた、氷のへこんだところにストローで息を吹きかけ、穴をあける”アート”。前回はN子ちゃんが感動して、写メをとったけど、今回は私が感動して写メを取ってしまった。

小さなことでも、楽しめ感動できることは、幸いだ。

主人は、社会復帰できるか心配していたが、さっきいつものお昼の時に来るメールが来た。通常の生活がまた始まった。

2007-09-07

根っこ

主人の夏休みが始まり、もうすぐ1週間になる。ブログの更新も夏休み気味・・・

台風が過ぎ去って、主人が近くの公園に散歩に行った。帰ってくるなり、

「公園の木が倒れてたよ。見に行く?」

との誘いを受けた。野次馬根性があるので、そういう場面は見逃したくない性格。さっそく、主人と見に行った。

その木は、公園の真ん中に一本立っていて、特徴のある木だった。あるドラマにも使われた場所だ。

ほんとに、倒れていた。根っこが見えたが、中はがらんどうだった。

撤去作業をしているおじさんが、

「根っこが腐っていて、根もしっかり張ってなかったようだねー。」

と教えてくれた。

高校1年の時に、ある宣教師さんが話してくれた言葉を思い出した。近くにあった松の木を指しながら、しっかり根が張っていれば、どんな嵐が吹いても、木は倒れない。そのように、人生もしっかり根を張っていなければ、嵐が来た時倒れてしまう。

本当だった・・・しっかり根は張ろう。

色々なおじさん、おばさんが倒れた木を見にやってきた。何十年もこの木を見てきたのだろう。

2007-09-03

アートの力

今日はちょっと、ご紹介。アートフロンティアの「ギャラリーd.g.(デージー)」と画廊「はね」。一階と二階になっている。先日の友達の三人展があった場所。

日比谷線八丁堀駅からは徒歩4分ぐらいにある。

このオーナーのH氏は、元消防士さんで、消防士の頃、画廊めぐりをしていらして、若いアーティストの作品を集めたり、いろいろ企画展をしながら、若いアーティストを励ましてきた。消防士を引退して、この画廊とギャラリーを開いた。

H氏が、なぜ絵を見るようになったかの、一つの理由として、消防士という仕事は、いろいろな局面に出会い、現場に入る時はかなりの緊張感があるそうだが、その中で平常心を保つ必要があり、その中で、休みの日に画廊を巡り、絵を見ると、心が落ち着き頭を真っ白にでき、リセットできたからだそうだ。

実は、先日、この画廊に行く途中、乗っていた電車が人身事故にあった。人の死を目の前にしながら、救急消防隊員の人達は、平常心を保ちながら、迅速に救助にあたっていた。精神的にも大変な仕事だと肌で感じた。

私はその出来事に、軽いショックを受け、その足でギャラリーに向かったが、絵を見ると、不思議と心が落ち着いた。自然を見るのと同じような経験でもある。実に不思議だ。

うちは、小さなアパートだが、6枚ほどの絵を飾っている。写真とかではない、本物の絵だ。本物の絵があると、家が落ち着く。友達の作品がほとんどだが、一枚だけ、このギャラリーで買った絵がある。絵など、自分では買えないと思っていたが、無名の若いアーティストの作品だと、私でも手が出せた。

無名のアーティストのものでも、素晴らしい作品と結構出逢う事ができる。ここは、そんな作品に出逢いやすいギャラリーの一つだと思う。

H氏も、まだまだ消防士の頃のように、熱く、絵や作家のことについて語ってくれる。

アートフロンティアのHP: http://art2frontier.client.jp/top1.html

2007-09-01

夏休みの始まり、元町プール

今日から、主人のちょっと遅めの夏休みが始まった。ちょっと涼しくなったが、主人が1km泳ぎたいということで、この夏何回かお世話になった、元町プールに行った。

元町プールは、元町公園にある屋外50mプールで、明治時代に作られた。元町で育った友達が、以前は井戸水を使っていて、5分も入ったら唇が紫色に変わるくらい、冷たいプールだったと、教えてくれた。さすがに今は、水道水らしく、そんなに冷たくない。昼間は1時間¥200、夜間は¥300と格安。市営なので、更衣室にはロッカーしかないが、仕方ない。プールは緑に囲まれ、マリンタワーも見える。とてもきれいだ。

今日は、かなり涼しかったので、私達が着いた時には、10名ぐらいしかいなかった。でもこのプールはいつでもけっこう空いている、穴場のプール。他の横浜在住の人が、平日の午前中がお薦めと言っていた。

私は今日の涼しさにひるんで、主人の1km水泳の応援に行っただけだが、明日で最終日という事で、無理して入ってしまえばよかったと後悔した。私達が出る頃には、5名ほどしか泳いでいなかった。

帰りは、プールの近くで、2月にテレビで日本の美味しいラーメンベスト30の2位に選ばれた、本丸塩ラーメンを食べた。豚骨スープなのに、透き通っていて、春菊が入っていたのがびっくり。チャーシューも柔らかく味もしっかりしてて美味しかった。

その後、伊勢崎町の有隣堂まで歩いて行くことになり、誘惑に打ち勝ちながら中華街を通り過ぎ、有隣堂に着いたら、もう閉まっていた。仕方なく、電車に乗り、駅についてコンビニに入り、ジャイアントコーンを買って、食べながらいつもとは別ルートの階段を登り、途中でベイブリッジを見ながら一休憩し、家に着いた。

いい、夏休みの始まりだ。今日は、日記のような文章になってしまった。そういえば、子供の頃、宿題で絵日記をつけたのを思い出した。子供達の夏休みは明日で終わりだ。