JOY in the HOUSE
2007年1月に、東京から横浜に引っ越してきた、結婚15年目の主婦が、 日々出逢うこと・もの・人・考え方・ ことばを気ままに書いてみます。
2026-03-04
ニュージーランドからのお客さん
2022-04-10
カムカムエヴリバディをふりかえり ー安子編ー
NHKで去年の11月からやっていた朝ドラ「カムカムエヴリバディ」が終わった。いつもは朝ドラに興味を示さない主人と、毎朝一緒に観ては、あーだのこーだの会話しながら一日が終わっていった。
お隣に住む1925年生まれの97歳のマダムCに、「カムカム英語ってご存じですか?今それを題材にした連続テレビ小説をやっているんですよ。」と話したら、
「♫Come, come, everybody, how do you do and how are you? Won't you have some candy, one and two and three, four, five? Let's all sing a happy song, Sing tra-la la la la♫」
と見事にカムカム英語のテーマソングを歌ってくださった。若いころよく聞いていたそうだ。
このドラマに夢中になれた要因の一つは、1925年に生まれた設定の安子はマダムCと同い年、私の母は安子の5歳下、私はひなたと同い年であり、しかも安子と同じ誕生日の設定という、とても身近に感じられたことだったかもしれない。ひなたが生まれてからのセットにうつりこむ小道具やかかる音楽や連ドラにワーワー言いながら観るのも楽しかった。
安子の物語では、明るい無邪気な少女の日常の中にだんだんと戦争の影が忍び寄り、やがて戦争に巻き込まれ、戦後の復興期が描かれた。ティーンエイジャーの時代が戦争と重なった世代、戦争を知らない子供たちと呼ばれた私達にはその事態はなかなか把握しがたい。色々なメディアを通して、戦争の事を聞くことができるが、52歳でガンで他界した母の口からは、あまり戦争の話しは出たことがなかった。何回か話してくれたのは戦中・戦後は食べ物がなく大変だったこと。そして当時食べていたという”すいとん”を作ってくれた。そして、たった一度だけ、母が中学生の時の帰り道、敵の飛行機が飛んできて、地べたにひれ伏したこと、その時上から「ダダダダダダ」という音と共に、近くにいた子が死んでしまった事を話してくれた。その話を聞いたのは、戦争が終わったのが自分が生まれるたった20年前だった事に、まだ気づいていない小学生の時だった。高度成長期に生まれた私にとっては、戦争は教科書の中に出てくる歴史であり、自分には関係ないものだと思っていた時だった。
母が亡くなった後、色々母の事を思い出す時に、何か重いものを持っていたのが、おそらく戦争で体験したものだったのかもしれないと思った。
お隣の97歳のマダムCはずっと独身を貫いてきた。お話を聞くうちに、戦後素敵な人とやっと出会い、この人となら結婚したいと思っていた矢先にその方は亡くなった事を知った。原因は戦中潜水艦に乗っていて、潜水艦の中で結核が流行っていて、その結核が出てしまい亡くなってしまったそうだ。「戦争がなければ、結婚して今頃どうなってたのかしらね~。」と凛とした姿で語ってくれる。マダムCの戦争の話しで印象に残っているのは、焼夷弾がいかにきれいで、敵機が45度の角度位に通り過ぎたら、二階の物干し場に上がってお父さんと眺めていたそう。「人間は慣れてしまうとそんなものよ。」と。また、下町が空襲にあって火災が起きた時に、防災訓練をさぼると怒っていた組長さんが、町内の人達を安全なはずの所へ誘導していたが、マダムCのお父さんと弟さんは、燃えさかる街の中を馬が歩いていたので、その馬に着いていったら安全な場所に辿り着いて助かり、組長さん達は結局火に巻き込まれて亡くなってしまったそう。「危機的な状態の時、動物の本能は人間の能力より優れているのよ。」
カムカムのドラマの途中でウクライナとロシアの戦争が始まった。ウクライナの若者達は何を考えどう日々を過ごしているのだろうと考えてしまう。マダムCは「私の生きている間にまた戦争が興らないといいんだけど。戦争なんてイヤよ。もうこりごり。」体験したことのある人だけが言える本当の言葉だ。その言葉をしっかり継承していかなければいけない。
2016-01-02
美味しかった
頂上到着前、「男坂」と「女坂」に別れていたので、主人は男坂、私は女坂へと分かれたら、なぜか私は山道から外れてしまい、あわや迷子に!獣道を暫く歩き主人の名前を大声で呼んだら、主人が獣道に迎えに来てくれ、無事山頂到着。約2時間弱の登り。富士山の姿も山に遮られながらも、綺麗に見えた。
山頂では、いつものように主人がバーナーでお湯を沸かし、カップラーメンと紅茶を作ってくれた。いつ食べても山頂ラーメンは美味しい。
お団子は…やはり山頂では売っていなかった。一応もしもの事を考えて持参したも、お腹がいっぱいで、家にお持ち帰り。
天気も良く、穏やかな登山となった。旦那さんお疲れさまでした!
2015-06-20
SFOーTOTO
サンフランシスコに、無事到着!主人は結構よく眠れたよう。私は、まあまあ。今までは立て続けに映画が見れたのに、今回は見る気力がなく、取りあえず1本のみ。
入国審査の人達は、NYよりフレンドリーな気がした。ニューアーク空港への乗継ぎは、一時間半の遅延で、空港で待機中。アメリカに来た事を実感する一つは、トイレに入った時。ドアの下の隙間が、大きく開いていて、特に空港のトイレは大抵味気のないシルバーの扉。17歳の時、初めてアメリカにきた時、空港のトイレに入って、カルチャーショックを起こして、すぐに日本へ帰りたくなったのを思い出す。
先ほど、サンフランシスコ空港のトイレに入って、今まで見た事のない、木目の扉で、壁も塗り壁のような仕様になっていて、ビックリ!「綺麗だな〜」と思って、便座を見ると、日本では馴染みの「TOTO」という文字が。おそらく、TOTOさんトータルプロデュースのトイレなのではと思った。日本の文化が世界に貢献してる…^_^
ひとまずホッとした〜。
2015-06-19
今日はこれから
IAMが今力を注いでいる、Culture Care(文化ケア)の3日間の会議があり、中一日は文化ケア・デイ (http://cairn.edu/culturecareday/)というものもある。今回は、主人共々招いて頂いた。そして、これは50才の誕生日プレゼントとして、友人が主人と私にマイレージをプレゼントしてくれた。羽田を真夜中便で経ち、サンフランシスコ乗換えで向かう。
いつもIAMの集まりは、NYが多いのだが、今回はなぜかフィラデルフィアで、しかも"ご主人もご一緒に"というサプライズ。フィラデルフィアには主人の弟が住んでいて、会うことができ、久々の再開が楽しみだ!
集まりがあるまで、ちょっとだけ主人とリラックスタイム。郊外の小さなプールつきのホテル泊なので、きっとそこでジャグジーに入り浸りそう。
真夜中便は初めてで、果たして体がどんな感じになるのか…今回も、腰と肩にしっかりピップエレキバンを貼って、太平洋とアメリカ大陸をひとっ飛びしてきます。忘れ物はないはず…もう既にねむい…行ってきま〜す。
2015-06-01
見物
思わぬものを見ることができ、なんとも良い日となった。日本丸の横には、今、まさに国会で討論されている、機雷掃海母艦の「うらが」も停泊していた。こちらも艦内公開されて、乗ろうと思って入り口に向かったら、丁度閉館時間で門が閉じられてしまった。あと1分早ければ乗れたとこだった。母艦を見ながら、この船に乗る、自衛官の人達が、無駄な死を迎えることがないように、変な法案が通らないように、主に祈った。
気持ちの良い日だったので、その後山下公園にも向かい、自転車を停めて、しばらくベンチに座り、海をボーっと眺めた。主人は、翌日からの仕事に備えて、教会からまっすぐ家に戻って、お昼寝タイム。別々の時間を過ごす、久々の日曜の午後だった。Coenのポロシャツは、とっても喜んでもらえてよかった・・・・それにしても、顔がヒリヒリする。かなり日焼けしてしまった(^^; 夏はまだこれからなのに・・・
2015-05-25
無事終了!
これはリハーサルの模様。本番は私はiPadで、撮影に専念。主人の元同僚のMさん、主人の弟のM君、ちょうど来る予定が重なった陶芸教室のT先生とそのお師匠さんK先生もいらした。また、鎌倉からHotel Congressさんを観にいらしたという暖かいオーディエンスのいらっしゃる中、無事演奏終了。
演奏終了後、私はミントジュレップを飲みながら、Hotel Congressさんの演奏を楽しんだり、美味しい1品料理をいただいたり、文化談議に花を咲かせたりした。KY Brothersの最後の曲は主人のオリジナルの「Narrow Gate(狭き門)」だった。その曲の話から、Narrow Gateはお茶室のにじり口みたいという話で、T先生が、狭いにじり口から入ると、そこには空間であるお茶室が広がると。天国も同じだ。イエスが「狭い門から入りなさい」とおっしゃったのは、その後に広がる永遠の事を言われたんだなと、ふっとそこで心に落ちた。
Hotel Congressさんの演奏終了後、通常のように、マスター選曲のレコードが掛かった。一つは、私も昔持っていたボビー・コールドウェルのLPだった。若い頃よく聞いたなぁ~。あの艶のある声が好きだった。あと、お客さんが持ってらした、トニー・ライス・ユニットのMar Westというもう廃盤になってしまったLPも。色々な曲と出合えて嬉しい。
次の日もあるし、22時半にはお店を出ようねと主人と事前に話していたが、気づいたら0時近くに・・・Derek & the Dominosは時間を忘れさせてくれる場所。陶芸教室を終えて駆けつけた新丸子在住のY先生が、駅までお見送りしてくださった。今回もまたT先生と一緒に元町中華街駅から3人でタクシーに乗っての帰宅となった・・・・
Derek & the Dominosのマスター、楽しく、美味しい今宵をありがとうございました!
2015-05-22
明日はライブ!
気がつけば、もう5月下旬・・・ブログも久々の更新・・・・(^^;
3月の終わりに、陶芸教室でお花見パーティーがあった。主人も途中から参加したが、1月にお邪魔した、新丸子のBar Derek & the Dominosのマスターもいらしていた。
1月にお邪魔した後、主人がきっとマスターも気に入るだろうと、陶芸教室のY先生経由で、主人の好きなカントリー・ゴスペルの「マール・ハガード」のCDをお貸しした。やはり、気に入られたようだった。
そんな中での再会だった。
お花見パーティーでは、陶芸教室のT先生をはじめ、ギター弾きが何人かいた。その方々の演奏で、何曲か皆で熱唱した。主人もちょっとだけ弾いた。
帰りがけに、ちょうど教室の門のところで煙草タイムのマスターがいらして、「今度、うちのBarのライブで前座で弾いてもらえませんか?申し訳けないですがギャラとかは出ませんが・・・」と、お声が掛かった。主人と私は、そんな思いがけない言葉を掛けていただき、ビックリ!お酒も入っていた勢いで掛けてくださった言葉だったのかもと、半信半疑で家に戻ったが、数日後に、マスターからメールで正式にオファーをいただいた。
ギターを趣味でやりながらも、ストリートでライブしてみたいなと言ったりしていた主人には、もったいないくらいのチャンスだ。さっそく、私達の結婚式の時、教会で見事なJazzyなピアノの伴奏をしてくれた、主人の友達Mさんに声をかけ、ギターとピアノのバンド「KY Brothers」が誕生した。
最初は、4月にということだったが、さすがにちゃんと練習しないと、お聞かせするには申し訳ないので、5月23日の出演にさせていただいた。
なので、明日5月23日、土曜日、東急東横線新丸子駅から徒歩3分のBar Derek & the Dominosで、Hotel Congressさんの前座として、KY Brothers 演奏します!午後7時半~8時までの演奏です。素敵な雰囲気のお店で、カントリー・ゴスペル+アルファーの音楽をぜひ聴きにいらしてください。Hotel Congressさんの演奏もぜひお楽しみください。
Derek & the DominosのHPはこちら:
http://barderekandthedominos.com/index.html
BBS-掲示板をクリックすると、告知されているのが、見れます。ホントに出ます!
音楽チャージはありませんが、投げ銭ライブだそうです。
私は、自称隠れプロデューサー兼マネージャー、でも心は学芸会でわが子のパフォーマンスを見守る母親の心境(想像ですが)で、見に行きたいと思います。
お会いできる方は、Bar Derek & the Dominos で!
2015-04-03
2015-03-20
サプライズ
2015-03-16
カウントダウン
半世紀目の誕生日へのカウントダウンが始まった。
節目の年となることで、別にどうって事もないと言えばそうだが、でもやっぱり一生に一度のことなので、意識してみることにした。
去年あたりから、50という扉が見え始めた。それまで天国の門が、高い垣根の向こう側にある感じだったが、それがだんだん垣根から頭が少しづつ出はじめ、見える感じがしてきた。今直前になって、垣根から頭が一つ出て、はっきり見える気がする。そうすると、天国の門に到達するまでの残りの日々が意識され、あとこの地上で何をしていきたいのか、意図して考えるようになる。こんなことを人に話すと、「何言ってるの~」と言われてしまう。80代、90代の方々からは、「まだ若いわよ~。」と。そう、順調に行けば、まだあと25年~30年ぐらい、この地上での時間があるだろう。
でも、目標が定まってくると、やりたいこと、別にどうでもいいことが、区分けしやすくなってくるのかも。聖書に、「ですから、私は決勝点がどこだかわからないような走り方はしていません。空を打つような拳闘もしてはいません。」(コリントⅠ9:26)とある。このことばがあてはまっている。
40代最後の日々をワクワク楽しもうっと!
写真は、去年の夏、たまたま家の電気メーターに目をやった時に、7のぞろ目になりかけていたので、しばらく待って、その瞬間を捉えたもの。こんなこと、一生に一度出会うか出会わないかのタイミング・・・・ワクワクした(*^^*)
2015-03-11
2015-02-23
毎週精進
写メを撮ろうとしたら、電池残量が少なくNG。
なので、今回は約1年前に削った、抹茶茶碗としのぎのコーヒーカップを。

こちらの抹茶茶碗は、黒楽釉を掛けた物の削り終了時の写真。でも焼きあがって、先月お茶のお稽古の時に先生が使ってもいいですよと出してくださったとき、なかなか手取りの良い茶碗で、まさか私が作った物ではないだろうと思ったくらい。数年前に考えた、My花押をMさんにも確認してもらい、やはり自分の作ったものだった。
これでお茶を点てさせていただいた。まだ、お湯を入れると、土の中の空気が気泡となって出てくる。先週のお稽古で濃茶を練ったが、出来上がりがラテのように泡だっていて、ちょっとびっくり。でもおそらくこの気泡の仕業だったようだ。お茶が目に入り落ち着くまで、少し時間が掛かりそう。
削りの重さは450g、もちろん焼成も大切な要素で、いつもこの作業をしてくださる先生達に感謝。手取りもよく、重さも丁度良いと、お褒めの言葉を先生から頂いた。褒められると伸びるタイプなので(^^)毎週精進・・・・
2015-02-12
けずり
2015-02-04
ふりだし

今日の陶芸は、以前手びねりで作った、「ふりだし」の釉掛け。「ふりだし」はお茶の道具の一つで、金平糖などを入れて、お客さんにお出しするもの。金平糖を出すときは、器を傾け、くるくる回しながら中身を出す。これは織部釉を掛けることにした。

今回は、まず織部釉を内側に掛け、その後外側に掛けた。そして、織部釉の上だけに撥水剤を塗った。そのあとベンガラで、釉薬の流れを見てからインスピレーションを受けて、色々な図案を参考に描いた。このあと、透明釉を掛けるはずが、時間切れ。次回掛けることになった。
今日の午前中は、西荻窪にある数奇和ギャラリーに物をを届けに行き、その後、知人のお父様の告別式に秋津の教会に向かった。秋津に行く前に、駅で軽いお昼をとることにして、ベーカリーのイートインに入った。あいにく席は満席で、どうしようかと思っていたら、お年を召したご婦人が、「よかったら、前の席どうぞ。」と勧めてくださり、ご好意に甘えることにした。無言で食べるのもなんなので、「今日は暖かいですね~。」と話しかけてみたら、思わず話しが弾んだ。お年はなんと91歳。でもとてもとてもそんなお年には見えないほど、お元気な方だった。よくよく話しを聞くと、長刀の重鎮の方で、今も現役で指導をしに、武道館や千葉に電車で行かれているとのことだった。
告別式は、91歳の方で、自分は99歳まで生きるんだと言って、年始には車の運転までしていらした方が、急に具合が悪くなり、召されてしっまったと伺った。略歴が紹介されたが、16歳の時、中国から夢を抱いて、日本に留学に来られ、戦争を切り抜け、中国の体制が変わり、母国に戻ることができずに、日本人の女性と結婚されたことを伺った。なんと壮大な人生を送られたことだろう。
91歳のそれぞれの生き方、旅立ちに出会った一日に思いをはせながら、陶芸をして、ホッと一息できる幸いに感謝・・・
2015-02-02
Rest in Peace
このしばらく、湯川さんと後藤さんのニュースに気を配っていた。希望しなかった結果に終わってしまったのは残念。主人が見つけたクリスチャンであった後藤さんのツイート:
戦争になったり、紛争が起きると弱い立場の人がそれに巻き込まれて、つらい思いをするということを、彼は一生懸命に伝えようとしていたんじゃないか。
それを考えることが、ある意味で言うと、こういった事件を今後、繰り返さないための糸口が見えるかもしれない・・・。
聖書の言葉から:
日本政府、世界のリーダー達に賢い対応を望みます・・・・
犠牲になられた方々の、残されたご家族の方々のために祈ります・・・・
2015-01-31
Derek and the Dominos
2015-01-26
文明開化
去年、独身の頃から使っていた、カラーボックスの本棚兼FAX置きにサヨナラし、新しいキャビネットを買った。
FAXも最近メールでのやり取りで済んでしまうので、滅多に使わなくなった。主人とキャビネットの前にあるソファーに座りながら、まったりしていた時に、以前から度々話し合っていた、寝室として使っている畳の部屋から、テレビを移そうかという話になった。 早く寝たい主人と、テレビを見たい私と喧嘩になったこともあり、一度はテレビを窓の外に放り出されそうになったこともあった。ここ数年は妥協案として、主人が寝る時は、私はヘッドホンをして見ていた。
カラーボックスからキャビネットになって、棚の幅が少し広くなった。そこで、今まで懸案事項であった、テレビとFAX機の場所交換をしてみようと言うことになり、思い切って昨日やってみた。
今まで、朝の連続テレビ小説を視ながら朝食を食べる時は、朝食をお盆にのせ、テレビの前に持って行き、畳に座って食べていた。しかし、今朝は、テレビが小さいこともあって、くるりとダイニングテーブルのほうへ向け、椅子に座りながら、食べ、見ることができた。何か今までの朝と違う。我が家の結婚8年目にしての文明開化!
朝食が終わると、またソファーのほうに向けて、ソファーに座ってテレビを見ることができた。小さいテレビの利点である。夫婦そろって、大きな画面のテレビは、吸い込まれそうな感覚がある所は一緒でよかった。昨晩も主人は早く床につき、私はもうちょっと見たいテレビがあったので、ソファーでまったりしながら見ることができ、平安な夜になった。FAX機は結局そんなに使用しないということで、テレビがあった位置には行かず、キャビネット下のスペースに入れ込んでしまった。テレビがあった位置には、飾り棚として使っていた、木製のフットレストに置いてあった、アロマディフューザーとキャンドルが移り、フットレストは、ソファーの部屋で使われることになった。キャビネットが変わったことによって、玉突きのように、物の位置と価値が変わっていった。
ソファーに座る時間が長くり、今のクッションがいまいちで、長く座っているとお尻が痛くなっていく。次なる変化はソファーかな・・・・
2015-01-21
今日も修行中
片付けをしている最中、Y先生がツツツーと寄って来たと思ったら、先生の作品をグシャっと。実はひそかにキープして削って焼かせてもらおうと思っていたので、思わず大笑いしてしまった。「いいものを作っていってね!」と。そうだ、私は修行の身だった。
今日は、とっても寒い日で、帰ってからガスストーブの前で、体を温めながらゴロゴロしていたら、いつの間に夕寝してしまった。幸い主人は残業で遅くなると言うことなので、ゆっくり夕飯の支度でもしようかな・・・・
2015-01-19
2015-01-14
ちょっとだけ成長
2015-01-07
粘土始め
去年の秋頃から、一緒の陶芸クラスの方達が、ロクロの力をつけていらっしゃるのを見て、感化され、来年はロクロ修行に入ると公言した。されど、心は揺れていた。
ロクロは思う以上に体力がいる。削りも苦手なほうだ。水ひきとも呼ぶので、水を使う。片付けにも時間がかかる。以前、夏なら水を使っても、かえって冷たく感じて、丁度良いと思って始めた事があったが、暑くて体力が落ちていたせいか、一回で挫折した。
12月に入り、本当に始められるだろか、やはり来年も手びねり制作に止まろうかと思い馳せていた、そんな時に、NHKでやっていた古田織部の番組を見た。そのなかで、ロクロで茶碗を作成した後、手で削った作品が出てきた。
これなら出来る!
そうしたら、ワクワクしてきた。今日は教室の皆さんが「いよいよ始めたのね〜」っと。でも実は、ワクワクしてしまったので、12月最後の教室で、ロクロにフライングしてしまってたのだ。
今年の箱根駅伝で優勝した、青山学院大学も、ワクワクしながら練習していたら初優勝につながったと。
さあ今年、私のロクロ修行いつまで続くやら…どんな物が作れるのやら…このブログいくつ書けるやら…
ワクワクしながらやってみるかな…










































