2010-09-11

式根島の旅 総集編


 
式根島での旅もあっという間に終わってしまった。
 

 
港で、おばあちゃんが孫を見送る姿は情緒があり、今回は胸にぐっときた。齢のせいだろうか。
 
 
式根一日目の夜のテレビニュースで、神奈川県や東京の様子を見て、びっくりした。式根では一日目、2、3回だけ、バーっと雨が降っただけで、その他はさほど天気も荒れず、曇り空で時折日差しが差し、帰る日になって、ようやく良い天気になった。でも、滞在中は曇りだったので、さほど日焼けもせず、ちょうど良い暑さで、体力も消耗せずに助かったのかもしれない。島にいて、守られた気がした。
 
 
今回式根島を選んだ一つの理由は、温泉があるということ。まず一つは、「憩いの家」という屋内の温泉施設。民宿からもぶらぶら歩いて10分程のところにあった。料金は大人200円。ここは固形石鹸のみ置いてあるので、シャンプーなどは持参したほうが良い。なぜ、シャンプーやボディーソープなど置いてないのだろうと思ったが、島のスーパーに行ってなんとなくわかった。値段が本土に比べると2倍ぐらい高い。輸送費がやはり掛かるからだろう。むやみには置けないのはそのためではないだろうか。また、もともとは島の住民の人のために作ったもので、みんなマイ・シャンプーを持参したほうが、入浴料をおさえられるからだろうか。
 
 
もう一つ行った温泉は、これまた、民宿からぶらぶら歩いて10分ちょっとのところにある、露天風呂。こちらは絶景付きで、無料の温泉「松が下雅湯」。水着着用で、夕方は地元の人や観光客で賑わっていた。式根の温泉はナトリウム泉なので、しょっぱいが、お肌はツルツルになり、体も温まる。ここでは、体が熱くなったら、海へ入って体を冷ますこともでき、この島の30年来のリピーターの方いわく「サウナ」だそうだ。
 
下にぬめりがあるが、毎週1回島のおじいさんたちが、きれいにしているらしい。黄褐色のものが水着に付くので、出る前によくお湯船の中で洗い取っておくのが、ポイントだそう。
 
 
式根島の自然は豊富。2日目は、レンタサイクルで島巡りをした。坂もあるが、耐えられないものではなかった。違う海岸を行ったりきたり、昼食やお昼を買いに行って、また海岸にもどったりできた。
 

(釜の下海岸付近) 
 

(大浦海岸)
 

(たまに車の通る、中の浦海岸に通じる道)
 

(普通に庭に咲いている、ハイビスカス)
 
(主人の一番気に入った、泊(とまり)海岸)
 
海岸の砂も白い。他の伊豆七島の島は、黒い砂が多かったが、式根の海岸のすべては、白い砂浜だった。9月になると人も減るので、プライベート・ビーチ状態が何回かあった。
 

 
水も透き通っている。さすがにこの時期、水温は少し低めだが、水に慣れてくるとさほど気にならなかった。今回はくらげ対策を含め、ラッシュガードを初めて着てみたが、大正解!着る事によって、体温が下がらずにシュノーケリングが楽しめた。心配していたくらげは、いなくて助かった。
 
 
二日目のお昼ご飯。中の浦海岸のバーベキューエリアで、山にいつも持って行くバーナーで、お湯を沸かし、カップラーメンと島で唯一パンを作っている「池村商店」のきな粉揚げパンと卵サンドをいただいた。おいしかった!ランチ中は、プライベートビーチ状態で、なんとも豪華な昼食となった。
 
 
島の人口は約570人ぐらい。おじいちゃん、おばあちゃんが多いらしいが、でも、若い人達もいる。これは、島の中学校。青々とした芝生の校庭。ある年、中学校の先生が夏休みの間に芝生を植え、毎日水撒きをした結果、こんな立派なグランドになった。アメリカの学校を思わせる。島の中学生がうらやましい。秋には、午前中、小・中学校合同の運動会があり、午後は島民全員のための運動会がこの校庭で行われているそう。
 
 
帰る日は、船が10:55am出航だったので、民宿から歩いて3分の所にある、石白川海岸まで散歩し、また温泉を見に行ったり、ゆっくりできた。前日にお昼を買いに「SHIINYA」という、スーパーに行ったら、30年もの間、式根島のリピーターである、K氏に出会った。色々なことを知ってらして、人生のアドバイスもいただいた。今回も奥様とキャンプ場で式根を楽しんでいらした。島民にも顔なじみで、あるお土産屋さんでは、K氏の紹介で来たと言ったら、1割引きしてくれた。また、Kご夫妻が帰りの船で食べたら良いと勧めてくれた、「みやとら」というスーパーの「島のり弁当」を予約しておいたので、取りに行ってから、民宿のおじさんに港までちょっと観光しながら、送ってもらった。 「みやとら」さんも、民宿「白い砂」から歩いて3分ぐらいの所にあった。
 
 
今回、「白い砂」に泊まって正解だった。海岸や温泉から近く、島のスーパーやお土産屋さんも近くにあった。宿も清潔で、食事もおばあちゃんが作る野菜を使った料理・煮魚・揚げ魚・お刺身・天ぷらなど、日によってメニューが違って出てきた。縁側もあり、田舎のおばあちゃんの家に来たみたいだった。いつもは、おばあちゃんが食事の時に相手をしてくださるそうだが、ちょうど本土に行っていていらしてなかったので、奥さんが色々と島の情報を教えてくださり、初対面の別の泊り客の方とも自然におしゃべりできたりして、嬉しい心遣いだった。これも、客をもてなすということなのだろう。茶の湯にも通ずる。
 
 
帰りの船では、予約席には座らず、デッキにあった椅子とテーブルに座り、ボーッと海や島を見たり、昼寝をしたり、おしゃべりしながら、にわかクルージングを楽しんだ。行きの船では、ハイテンションだった若者達が、帰りの船ではかなり静かだったのが、印象的だった。オーストリアから来たカップルと少しおしゃべりしたが、ヨローッパでは海に面した国が少ないため、島は珍しいそうで、きっとヨーロッパで売られている日本のガイドブックには、伊豆七島もちゃんと入っているのだろうと、主人と予測した。民宿でも、去年はヨーロッパから来たお客さんが何組か泊まったということだった。
 
今回、行った式根島は、予想以上にいい島だった。今まで行った、八丈島、三宅島、神津島、新島、大島の中で、マイ・ベストになった。島自体は小さいが、徒歩や自転車で自由に動きまわれるし、海岸も4つあり、湾になっているので波も穏やかで、シュノーケリングしやすく、また、子供さん連れにはもってこいの安全なビーチだと思う。島の道も整っていて、目的地への標識もしっかりある。テニス場もあった。リピーターが多いのもうなずける。
 
私も、式根のリピーターになりたいが、主人次第。主人は、大島と式根島だけしか行ったことがないので、他の島も見てみたいようだ。でも、きっと式根が一番良いというはず。
 
 
竹芝桟橋に、予定より30分近く早い6pmに到着。私達の乗ってきた、「さるびあ丸」は、7:30pmからの納涼船に早代わりしていた。そして、その納涼船が終わると、またお客さんを乗せ、11pmには島々に向かって出航する。なんと働きものの船だろう。納涼船のない時には、横浜の大桟橋にも寄航するそうで、そうだったら我が家にとっては、なんと楽な旅になるだろう。
 
浜松町までの駅の道のり、都会の空気の悪さを実感した。夜になると暗くなり、人々の暮らしの速度も自然と遅くなる島での生活。都会では日が落ちた後も、電気の光で明るく、人々が忙しなく歩いていた。3日間だけの島の生活だったが、軽いリバースカルチャーショックを受けた。
 
とりあえず、ただいま。でも、また島に行きたい・・・・
 
また行こうね、旦那さん!今度は島3泊で。

2010-09-08

式根満喫中

船もさほど混んでいなく、まあまあ眠れて、無事式根に着いた。

今回の宿の「白い砂」のご主人が、港まで車で迎えに来てくれ、宿ではおばあちゃんが作られた、良く冷えたスイカにもてなされた。

一緒に来た、若い子達は、着いて30分ぐらいして、早速出掛けて行った。私達は、歩いて島の反対側で、高い見晴台から海の底まで見える「神引展望台」とその近くの「中の浦海水浴場」へ、シュノーケリングへ行った。島の反対側には、歩いて20分程で行ける、こじんまりした、緑豊かな島だ。

シュノーケリングで綺麗な魚が沢山見れたが、段々と海のうねりが出て来て、雨もポツポツきたので、また歩いて民宿へ戻ったのが1時半。雨も時おり激しく降ってきた。テレビを見てビックリ、日本海側に抜けたと思った台風が、関東方面に向かっている!

でも、民宿のおじさんいわく、お盆から雨が一滴も降らず、畑の作物がまいっているので、恵の雨だと。

まあ、私達も着いたそうそう、式根島の見所二カ所も行け、シュノーケリングもでき、まったりできて、満足。これから、雨の合間をぬって、近くの温泉に行こうと思う。今晩の夕食も楽しみ。

願わくば、台風が今晩通り過ぎて、明日天気が回復しますように…

2010-09-07

今晩はこれから

今晩はこれから、主人と、竹芝桟橋より東海汽船に乗って、伊豆七島の一つ、式根島へ3泊4日、船の旅。

独身の頃、友達グループで何回か伊豆七島の旅をした事があり、島のゆったりした時間の流れの中で、疲れが癒された。

船の出港は23時。あの頃から十何年も経ち、果たして、夜行船の9時間半の船旅にどれだけ身体が耐えうるのか…

でも考えてみると、NYへの直行便は、12時間以上掛かるし、あまり身動きも取れない旅に比べれば、一応真っ直ぐ横になって寝れるし、自由に歩き回れるし、シャワーも着いてるらしいので、ましかも知れない。

それに、いったん東京湾を離れると、船側の波打ちに綺麗な夜光虫が見える。そして、朝には透き通った碧い海が見れる!

人間、希望が見えると、困難に立ち向かう力が湧いてくる。

行ってきま〜す。

2010-08-31

やっとこさ



やっとこさ、新しいPCが我が家にやってきて、セットアップも終わり、また色々な機能も前と同じように使えるようになり、画像もアップできるようになった。今回は、色々機能を検討した結果、新品ではなく、中古の性能の良いものを買うことにした。以前よりサクサク動いて、満足。



そして、やっとこさ、家の前の気になっていた草むしりも終えた。夏前から少しずつ草むしりをしてはいたが、英語の家庭教師をしていた一ヶ月は、やっぱり手付かずで、草原のようになってしまった。いつも夏の半ばに来てくれる、草むしりのおじさん達も来てくれなかったので、とにかく少しずつ、そして昨日は一気に、45ℓゴミ袋5袋を取り終えた!

といいつつ、この写真に写っている部分をもう少しやらないと・・・・

今年は、蚊に刺されないように、入念に虫除けスプレーをしたおかげで、数えるぐらいしか刺されなかった。また、熱中症にならないように、水分補給もちゃんとした。おかげで、去年より疲れがひどくなく、汗もいっぱい出て、お肌がつるつるになった。

むしり方も、早く抜こうとして、いっぺんにまとめて抜こうとすると、根っこに勝てず、ものすごい力がいるが、一本ずつ小まめに取ると、力もさほどかからずに、なんなく取れた。こつこつやれば、ちゃんと終わる。何でも同じだ。

そして、そして、やっとこさ、今週の金曜から主人の夏休みが始まる!この2ヶ月ほど忙しく働いていたので、 楽しみだ。明日から9月だが、今年はまだまだ暑い日が続くので、まだまだ夏休み気分が味わえそう!


2010-08-17

暑さの中で

今年の夏は暑い!この暑さで、我が家のしばらくウンウンうなっていたデスクトップPCも、とうとう根を上げてしまった。幸い、主人がこういう事態を見越して、中古のノートパソコンと外付けハードディスクを事前に購入しておいたので、なんとか最悪の事態は免れた。ただ、すべてのデータをノートに移動することができなく、ちょっと不便だったり、翻訳など長時間PCに向かう仕事だと、キーボードを打つ手首が痛くなったりと、ノートPCはつらい。今はデスクトップの本体を物色中で、近々買い替え予定。

そんな中で、お茶のお稽古、陶芸は相変わらず、楽しんでいる。写真は、抹茶茶碗の2個目。これも、思った以上に、よい茶碗に削れた。釉薬は、飴釉といって、茶色の濃い色にしようかと思っている。3個目の茶碗の削りも楽しくやっている。今度はどんな茶碗になるのか楽しみ。

鎌倉での1ヶ月間の英語の家庭教師の仕事も、無事楽しく終わった。最後のレッスンが終わったときは、自分の中でちょっとウルウルきた。一ヶ月という短い間だったが、T君のちょっとした成長や上達を垣間見れたことは、教えるものにとっての喜びだった。

私の母は、結婚するまで小学校の教師をしていた。当時は結婚したら女は家に入るべきという、お姑さんの考えで、泣く泣く教師を断念したそうだ。私が小・中学生の頃に、母の成人した教え子達が、何度か家に遊びに来たことがあり、教え子達の成長を喜んで見ていたのを思い出した。いつもは自分の母親だったのが、その時は母が教師だったことを垣間見た。

私の中に、そんな母のDNAが受け継がれているのだろうか。

鎌倉に通う間、何回か鎌倉野菜市場に行って、新鮮な野菜やハーブをたんまり買ってきた。今年はまだ夏バテしてないのは、その野菜やハーブをたくさん食べていることと、夏の始まる時期に、高校時代の親友のMから送ってもらったハーブティーを温かいままで飲んでいるおかげかもしれない。(ありがとう!いろいろ重宝してます。)

暑い夏を乗り切ろう!

2010-08-01

三枚目



昨日は、アーティストの集まりで、都内に出かけた。主人は、一週間忙しかったので、家で休み、夜、夏恒例の元町プールへ出掛けた。

出掛けは、主人も駅の近くに用事があったので、駅まで一緒に歩いていった。この間降った雨はどこへやら、暑い日になった。

「あっ!忘れたー!」

最近、よくことの言葉が出てしまう。家を出てしばらく歩いてから、ハンカチを忘れてしまったことに、気がついた。戻ると電車の時間に間に合わず、主人がハンカチを貸してくれる言ってはくれたが、男物だったので、ちょっと抵抗があり、途中どこかで買おうと思った。

品川駅で乗り換えの時に、駅中のショッピングエリアがあったので、そこに立ち寄った。色々小物が売っているお店で、お客さんでにぎわっていた。このところ好きでよく買う、シビラのタオルハンカチがあったので、それを手に取りレジで会計していたら、

「あらっ!」

顔をあげたら、陶芸教室で、よく同じテーブルで作業をしているKさんがいた。以前、おしゃべりの中で、JRの駅中のお店で働いていらっしゃると伺っていたが、自分の中では何故か東京駅だと思っていたので、ビックリ。陶芸教室とはまた違う、働く姿と笑顔が素敵だった。

とにかく、タオルハンカチをゲットできて、ホッとして次の電車に乗り込んだ。

実は、この夏、こんな感じでハンカチを忘れてしまったのが、3回。もう3枚も新しいタオルハンカチが揃ってしまった。もう十分あるので、これ以上買わないで済むようにしないと・・・・



今年も、スイカジュースを楽しんでいる。器は、陶芸教室のY先生のもの。近くの雑貨屋さんで売られているものを購入した。スイカジュースや麦茶が映える!

2010-07-29

はじまり



先週から週4日、鎌倉に通っている。海外駐在員のお父さんを持ち、家族で海外に住み、現地のインターナショナル校に入った中学生のT君に、夏休みで一時日本に帰っている間の、英語の勉強のため、一ヶ月間だけ英語をみている。

初日は私も緊張していたせいか、前置き短くレッスンに入ってしまった。中学生の男子らしく、つまらなそうに、時計をチラチラ見ながらのレッスンになってしまった。一番初めの、打ち合わせの時は、礼儀正しく、「これならうまくやっていけそうだ!」と思っていたので、自分でもとまどってしまった。90分のレッスンのために、色々用意していったのだが、撃沈された。でも、一つだけT君のほうから英語で質問してくれた。「先生はどうして、そんなに英語がしゃべれるんですか?」ちょっと、ホッとした瞬間だった。とにかく、自分はT君の英語を助けたいので、どうやって勉強したいか教えてねと言い残し、その日のレッスンを終えた。途中、お母さんやお姉さんが、様子見に入って来られ、レッスン後「態度悪くてすみませ~ん。海外で教えてもらってる先生にも、あんなんですよ~。」とおっしゃってくださった。

その日の反省を自分なりにしていくと、自己紹介もなく始めてしまったことに気づいた。

次のレッスンでは、まず自己紹介もせずに始めたことを誤り、一通りの自己紹介をした。ちょっと、心が開いたのが伺えた。そして、どうやって英語を勉強してきたかを説明した。前回のレッスンの時に、T君が質問してくれた時にも、英語の出会いともなった冊子を見せてあげることになっていたので、それを見せてあげた。



もうボロボロだが、これは小学1年生の時に出会ったもの。実は5歳上の兄が買った、「小学六年生」の4月特大号の付録として付いていた、マンガの付いた英単語帳。兄の目にはあまり留まらなかったようだが、私は毎日のように読んでいた。

中はこんな感じ。



もちろん、アルファベットなど読めないので、カタカナを読んでいたが、だじゃれが付いていて、これがおかしくてたまらなかった。そして、小学1年の夏に、セサミストリートが日本で初めて放映された。ちょうど夏休み入ってから始まったようで、セサミストリートのキャラクターのアーニーやバート、ビッグバード、カウントの目などを着けながら作っていく工程から見ていた。その時は、字幕もなく、ただひたすら英語のみの放送で、何をやっているのか検討もつかなかったが、何日も見ていく間に、英語で数の数え方などまねていた。今考えると、この番組も、たまたま見たものだったと思う。不思議な出会いだ。この番組のおかげで、おそらくネイティブの英語に触れる事ができ、発音がネイティブに近づけられたのだと思う。


とにかく、この冊子の出会いと、ちょうどその後で始まったセサミストリートが、私の英語生活の始まりだった。よく、アメリカ人の人からも、「どうやって英語を勉強したの?」と聞かれると、「あなたと同じように、セサミストリーを見てよ。」と、笑いをとる。

その後、小3の時には、家の近くに「楽しい英語教室」という、自宅で子供達に英語を教える教室が始まった。今考えると、実にこれも幸運な環境だったと思う。月一回、リチャード先生というアメリカ人の先生が来るのが、楽しみだった。5年生になって、塾に行くようになるまで通った。

そして、中学生になって初めてちゃんと文法を勉強した。中学3年でクリスチャンになってからは、教会でインターナショナル校のアメリカ人の先生が低額で英会話を教えてくださっていた、高校生以上のクラスに特例で入れてもらった。


英語との出会いがなかったら、私の人生もずいぶん違っていただろうと、つくづく思う。



T君も、この冊子をパラパラめくりながら「おもしろい!」と。私は「つかみOK!」と、心の中でつぶやいた。

その後は、T君の心が開いたお陰で、楽しくレッスンできるようになった。T君がちょっとづつ、英語の楽しさを体験しているようで、先生としても嬉しいかぎり。語学は、とにかく本人にやる気があればで、壁にぶち当たっても、いくらでも伸びていく。T君にも、そうなって、どんどん英語の力を伸ばして欲しいと、日々祈りつつ、知恵を絞りつつレッスンしている。

教えるって楽しい!そういえば、母も義母も学校の先生だ・・・・

2010-07-22

ラージサイズ



いただき物の、ラージサイズ胡瓜!

近所で家庭菜園をしている、友達のSさんからいただいたもの。隣のゴーヤがスモールサイズなのではなく、この胡瓜が41cmのラージサイズ。

小さい頃、夏に所沢の祖母の家に行くと、いつも帰りに畑で採れた野菜を持たせてくれた。胡瓜や茄子、トマトやみょうが、いんげん等。その中で、私が大好きだったのが、はちきれんばかりに、大きくなった巨大な胡瓜。

祖母から、「畑から好きなもの、好きなだけもってきな。」と言われると、必ず一番大きな胡瓜をゲットするのが私。祖母は、「そんなうらなりのじゃなくて、もっと美味しそうなの持ってきなよ。」と言うけれど、私にはこれが一番。種が大きいところと、大味なところがたまらない。家に帰ると、母が薄切りにして、軽く塩もみして、お酢とおかかをかけて出してくれた。

なので、八百屋さんで、たまに巨大胡瓜が売っていると、買ってきては、昔食べた懐かしい味を堪能する。

そんな話しをSさんに話したら、家庭菜園で育てている胡瓜を、わざわざ巨大になるまで育ててくれた。軽く4本分ある。大きく育てたほうが、経済的だしね!

2010-07-21

一茶椀完成





今日は、とにかく暑かった!陶芸教室に着いてから、汗が引くのに10分ぐらい掛かった。

今日は、先週から始めた削りの作業の続き、先週500gほどだったのを、400g切るまでに削った。
小ぶりの茶碗なので、400g切るぐらいが良いそうだ。

100gって、結構ある。茶碗の中を厚みのあるところから、手を椀に添えながら、削っていた。

なんとか390gまで削れた。エアコンの空調と自分の手の温度で、だんだん土が固くなり、削るのに腕の力がいった。茶碗に圧力が掛かりすぎて、罅の原因になってないとよいのだが。

最後に、良いお茶の道具に入っている、花押(かおう)という、記号みたいな署名を考えた。先週、掛け花入れを完成させ、素敵な花押を作ったMさんのデザインの才能とT先生の監修のおかげで、私にも素敵な花押ができた。

来月、あと2個抹茶茶碗を削る。

向こうに見えるのは、Mさんの「一閑人の蓋置き」の、土台。これも出来上がりが楽しみ。

2010-07-18

無事到着

ほとんど渋滞もなく、無事帰宅。

楽しい旅だった。ただいま、旦那さん!

別ルート

昨晩は壮行会のパーティーの後、今回の同行者のHちゃんのお姉さん夫妻の浜松のお宅へ泊めていただいた。

楽しい朝食の後、Hちゃんの実家でお昼にと、鰻弁当を作ってくれたとの事で、取りに行ってから、東名高速に乗った。海が見えたり、富士山が見えたりと、行きと違う風景とサービスエリアで、楽しい。

車も流れている!

2010-07-17

名古屋着

無事、予定通りの時間に名古屋到着!

渋滞ぬけて

相模湖でやっと渋滞ぬけて、やっと100�走行に!

府中から中央高速に乗って、最初は超ノロノロ状態で、名古屋に着けるか心配したが、祈ったら急に車が動き始めた。祈りは聞かれる!

所で、千円高速ってもうないってほんと?いつの間に…

今日はこれから

今日はこれから、東久留米へ電車で向かい、そこから友達数人で、車で名古屋へ向かう。名古屋在住の長年の友達のアメリカ人宣教師家族が、次なる宣教地に移住するため、壮行会が夕方からある。

千円高速の恩恵にあずかる日がやっと来た!果たして、夕方までに名古屋に着けるのか…

今回、主人はお留守番。行ってきま〜す!

2010-07-16

明けてる?



最近の会話の出だしは、暑さのことや、梅雨明けのことが多い。

今週の水曜日あたりから、横浜の空は高くなり、夏の空になった気がしている。陶芸教室の帰りにMさんと話している時も、そんなことを話した。連休あたりで梅雨が明けるだろうと言われているようだが、今朝の空は、まったく夏の空。

でも、まだ梅雨明け宣言は、なされていない。まだ梅雨前線が本州の上にあるかぎり、気象庁としても梅雨明け宣言できないでいるのだろう。でも、自分の経験や観察から、横浜はもう夏の天気になっているのが、わかる。

それにしても、今年の梅雨も、以前の梅雨と比べると、集中豪雨の嵐で、梅雨らしくない。日本のみならず、世界各地でも、洪水の被害をよく聞く。被害に合われた方々の事を思うと、心が痛む。以前からこんなだったのを、最近ニュースで流すようになって知るようになったのか。それとも、日本のように、集中豪雨やゲリラ豪雨が、多くなってきたのか。とにかく、天気予報士さんも、判断つけにくい天気になっていることは、確かなようだ。

聖書におもしろい箇所がある:

「しかし、イエスは彼らにこたえて言われた。『あなたがたは、夕方には、『夕焼けだから晴れる。』と言うし、朝には、『朝焼けでどんよりしているから、きょうは荒れ模様だ。』と言う。そんなによく、空模様の見分け方を知っていながら、なぜ時のしるしを見分けることができないのですか。」

天気のみならず、世界情勢も色々変わってきている。クリスチャンとして、イスラエルの状況はとても気になるところ。だんだんと、聖書に書いてある状況になってきている。世の終わりという時期が、やがて来るけど、でもそれでお終わってしまうのではないのが、救いだ。かえってあとから来るもののほうが、もっと良いものだということがわかっているので、安心。

そういえば、蝉の声もちらほら聞こえる。やっぱり明けてるよね?

2010-07-15

ちゃりちゃり



昨晩、主人がまだ帰って来る前に、家に独りでいると、「ちゃりちゃり」という音が外から聞こえた気がした。一瞬、ビクッとしてしまった。

「まさか、こんな遅くに、誰かがうちの外で作業をするはずないし。訪問者でもないし。もしかすると、だれか、鍵を開けて入って来ようとしているとか。それとも、もう主人が、家に着いたとか。まさかねえ、だってさっき会社を出たとメールがあったのに・・・」

色々な事が頭をよぎった。

そして、また「ちゃりちゃり」という音が・・・・ 正体不明の音に、一瞬すくんだが、音のするほうへ行ってみた。それはどうやら、お風呂場からするようだった。

そして、音の正体を突き詰めた。

お風呂場に、カフェカーテンが掛けてあり、窓を開けていたので、風が吹いた時に、カーテンの前に置いてあった、貝殻にあたり、「ちゃりちゃり」という音を発していたのだ。

「なーんだ、これだったのか」と。

怖れて、見に行かなければ、主人が帰ってくるまで、音がするたびにビクビクしていたと思うが、音の発信源を知ることによって、安心できた。色々なことに関しても、怖れて近づかないでいることによって、ずーとビクビクしてることって、あるな。

2010-07-14

久々に・・・




ブログにアップしてきませんでしたが、陶芸地道にやってました。


上は、先週から作り始めた、抹茶茶碗3つ。黒楽を作りたかったが、教室に黒楽の釉薬の良いのがなかったので、赤1号の土で、黒マットを掛けて、楽茶碗風に作ることにした。




今日は、一個目の削り。お茶の先生でもあるT先生に教えてもらったり、本の写真を見たり、見本の抹茶茶碗を見ながら削ってみた。先週の成型の仕方は、玉作りと言って、丸く玉にした粘土の真ん中に親指で、ぐいっと穴を開けてから、指で伸ばしていく技法。縁の部分を無作為に作る事ができ、良い景色ができた。また、表面もいい感じに指跡が残っていたり、ひびが入ったりしていたので、その良さを残すために、削りは高台になる底の部分と、中を削ることになった。今日の時点で、表面を見せるために、釉薬を透明釉に変更するかもしれない。




底は、お茶を点てる時に必要になる、指が入るスペースが必要。陶芸教室の初級クラスにいたとき、志野焼きで抹茶茶碗を作ったことがあるが、その時はお茶のお稽古をしていなかったので、抹茶茶碗がどういうものかわからずに作っていた。今は、何となくどういう形が使い勝手が良いのかわかるようになって、楽しい。



また、抹茶茶碗を作る時は、皆量りで重さを量りながら作っていく。大体400gが良い重さだそう。今日は650gぐらいからの重さを500gまでに削る事ができたので、あと100gほど削る必要がある。量的にはこのくらい。果たしてあとこのぐらい削れるのか、ちょっと心配。でも楽しみ。3個削り終わるのに、どのくらい日数が掛かるだろう?



これは、黒土に確か白マットを掛けた、漬物入れ小鉢と、箸置き、この箸置きは思った以上に気に入った。釉薬を掛けるときに指跡を残したら、そら豆のようになった。下は、どなたかの作品で蚊取り線香入れ。ああ、夏が来る・・・・



2010-07-03

梅味噌



二年前の、陶芸教室の夏のBBQパーティーで、教室の生徒さんが作った、自家製の梅味噌なるものを初めて食べた。
野菜スティックにつけて食べたのが、実に美味しく、作り方を聞いてみると、簡単そうだったので、いつか作ってみようと思った。

去年、梅が出てきた頃は、プロテスタント150周年記念大会の準備で忙しく、断念した。

今年も、梅が出つつあると、どうしようかと迷っていたが、昨日、南甲梅が安くなっていたので、作ることにした。

スーパーで青梅と黄色い梅が出ているのに気がついた。毎年、梅干を作っている親友のMに、違いを聞いてみたところ、青梅は梅酒などに、黄色い梅は梅干に使うということ。

小さい頃から、実家に梅の木が植わっていた。毎年、6月になると、一家総出で梅もぎをした。木が結構大きくなってしまったので、いつも父や兄が高い所に登って、取っていた。私は下から葉の下に隠れている実を探し、「あそこにもあるよ。」と伝える係りだった。実を取り忘れたのがいくつかあると、後日黄色になった実が地面に落ち、甘いいい香りがして、思わず食べたくなった。でも、梅は生で食べてはいけないと教えられていたので、小さいながら、ぐっとこらえた。

今思い出すと、母は梅をもいだ後、最初に梅酒を作っていた。そして、その後しばらくしてから、梅干を作っていた。Mから青と黄色の梅の違いを聞いて、やっとあの時、なぜ母が日にちを置いてから梅干作りをしていたのか、わかった気がする。きっと、もいだ梅を少し置いて黄色く熟すのを待っていたのだろう。

インターネットで梅味噌の作り方を、いくつか見た。青梅・味噌・砂糖で漬け込むものもあったが、黄色の梅で煮込んで作るものもあった。約1時間でできるし、その後冷凍庫で1年間保存がきき、しかも、冷凍庫の中で凍らないという、荻窪鈴木青果店さんのレシピで作ることにした。煮込んで作るもう一つの理由には、「すぐに食べれる!」というのもあった。

手順どおり、土鍋で約1時間煮込んで、美味しい梅味噌が出来上がった!1kgの梅で結構量ができた。さっそく温かいままだったが、きゅうりにつけて食べてみた・・・・

美味しい!!!

旦那さんは、今日はプールへひと泳ぎに。美味しいと言ってもらえたらいいな。



2010-06-23

テレカ



先日の日曜日、教会での礼拝後、大阪から来た友達に会うために、一人で青山に出向いた。教会に向かう途中で、携帯電話を持って出るのを忘れたことに気づいた。

「しまった~、携帯忘れた!」と言うと主人が、「テレカあるよ。」と、貸してくれた。主人のお財布には、今でもテレカが入っている。

実は、いまだに定期は改札機を通すペラペラのものだし、スイカも持たず切符をわざわざ買って乗る。すべての改札がスイカ/パスモになるまで、最後まで貫き通すと、本人は言っている。アナログ人間ぽい。

主人も勿論今では携帯をもっている。でも、結婚する直前までは、携帯を所持しない派だった。結婚したら、絶対必要になるからと、渋々持つようになってくれたが、実際持つとメールのやりとりが、結構気に入ったらしい。私も、会社の帰りに買ってきてもらいたいものなど頼めて、嬉しい限り。ただ、着信に気づかずに手ぶらの時もしばしばある。だけど、持っていなかった時に比べれば、ありがたい。

余談だが、デート中は、家電、PCメール、FAXを使ってコミュニケーションを取っていた。手紙も何回かもらった。待ち合わせのときなど、良く打ち合わせておかなければならなかった。どちらかが遅れたりすると、主人が公衆電話から電話が掛かって来るのを待たなければいけなかった。ちょっと不便な反面、ちゃんと会えると嬉しさが増した気がした。

以前は、公衆電話も街のあちこちにあった。駅には多数の公衆電話があって、皆並んで順番待ちして使っていたのを思いだす。けれど、今公衆電話は駅に1~2個あるだけ。ほとんど誰も使っていない。

電話を掛けるのも、携帯だと登録されたアドレス帳から名前を選んで掛けることが多いが、公衆電話では久々にプッシュボタンを押した。以前は暗記していた電話番号をなるべく早打ちして押していた感覚が戻った。

結局、大阪との友達との待ち合わせ場所をただ「外苑前駅で」ということで、漠然としていたため、時間になっても会えず、テレカを使って彼女に電話をしてやっと落ち合う事ができた。

帰りの電車も、いつもなら携帯でメールを書いたりして、時間を取られてしまうが、今回は携帯も読書本も持って出なかったので、駅においてあったフリーマガジンの「SALUS」を読んで帰ってきた。その雑誌の中に、イギリス料理の「シェパーズ・パイ」(ひき肉とマッシュポテト料理)なるものが載っていた。おいしそうだったので、作ってみたくなった。



そして、そんなアナログな1日の産物が、翌日の晩御飯になった。
それに、扇子のカバーを新しくしたかったので、これも手縫いで同じ日に完成させた。

なぜ、主人がまだテレカを持っているかというと・・・・携帯は基本、あくまで着信用で使い、電話を掛ける時は、今だに公衆電話からするからだそうだ。勿論私との通話は、家族割が効くので、その恩恵に預ってはいる(^^)

2010-06-03

at NYC 宿泊編~ハプニング付



今回のNYCの旅の宿泊先は、グーグルマップで見つけた、チェルシー歴史保存地域にある、「Brand Bed &Breakfast」という貸しアパートメント。昔ながらのアパートメント(日本で言えばマンション)が連なっていて、近隣も味があった。



安くてDillon Galleryに歩いて行ける宿泊先はないかとグーグルマップで探していたら、出てきた物件。ギャラリーにも徒歩10分程で行けたり、チェルシーマーケットにも歩いて行けたり、地下鉄の駅も比較的近かったので、ここを拠点にした。



入り口は鍵つきのダブルドアになっている。それにしても、アメリカの鍵は開けにくい。日本の鍵はなんと簡単に開くことかと、いつも思わされる。この入り口で、一回なかなか開かずに、管理人さんに電話して開け方のコツを教わった。



ダブルドアを入ると、古びた階段が着いている。登るときしむ音がして、ちょっと傾いている。





でも、昔ながらのデザインがそのまま残っていて、なんとも言えない。



そして、私達の泊まる部屋のドア。今回、このドアでこの旅最大のハプニングが起こった!


NYCに着いて3日目に、ギャラリーで搬入作業を終わらせ、くたくたに疲れて帰ってきてから、このドアの鍵を開けようとしたら、全く開かない。3人がそれぞれやっても開かず、隣の人にも出てきてもらい、やってもらったが、開かない。



管理人さんに電話をしたら、留守番電話で繋がらない。しかたなく、近くの「エンパイアー・ダイナー」でお茶をしながら、折り返しの電話が来るのを待った。



電話が来たので説明したら、また開けるコツを教えてもらった。でも、やっぱり開かない。管理人さんがブルックリンの方に用で行っているが戻ってきてくれるというが、チェルシーまで来るのに50分ぐらい掛かるという。仕方なく待つことにしたが、「神様~」と天を仰いでから、もう一度開け方のコツの通りにやったら、動かなかった鍵がくるーっと廻り、ドアが開いた!ふ~



管理人さんに急いで戻ってこなくて良くなったことを伝えた。実はこの鍵、最近取り替えたそうで、業者の人がボルトが一本足りずに、あとでつけるという事になっていたらしく、そのために、何らかの拍子に鍵を廻すところが、動かなくなったそう。日本ではありえないことだ。そして、私達が宿泊中に足りないボルトをつけてくれるといったが、NYCでの業者のサービスについては、色々聞いていたので、きっと来ないだろう思ったら、案の定、来なかった。まあ、文化の違いだから、日本のようにすぐに飛んできてくれると考えてはいけない。郷に入っては郷に従え。ともあれ、今回も英語が話せてホントによかったと思った、ハプニングだった。



部屋の内部は申し分ない。2部屋とバスルームと小さなキッチンがついていた。




窓からは中庭が見れた。


冷蔵庫や、電子レンジ、コーヒーメーカー、食器、少々の調味料などが着いていたので、朝食や夕食はほとんど、何かを買ってきて、部屋で食べる事ができ、リラックスできたし、節約にもなった。岡村夫妻とも、色々な話しをゆっくりできて楽しい時間になった。

今回もお茶道具を持って行った。ちょうど黒いボールが抹茶茶碗になり、岡村夫妻にも大好評。NYCから戻ってから、早速お茶道具を集めて、お茶を点てていらっしゃるそう。

NYCのマンハッタンで、安い宿泊を見つけるのは難しいが、何人かで、英語のやり取りのできる人達には、Brand Bed&Breakfast お薦めです!

Brand Bed & Breakfast: 
http://www.brandbedandbreakfast.com/index.htm