2008-11-19

絵付け


今日の陶芸教室では、ご飯茶碗に絵付けをした。

絵付けは、まだまだ苦手で、先週から頭の隅に、どういう絵柄にしようと考えていたが、具体的にはなかなか浮かばない。

ただ、先週購入したY先生のお皿についていた、絵柄が気に入ったので、それを使わせてもらって、絵付けをしようと思った。

描き始め、手を動かしていると、ちょっとづつ基本形から離れて、描けるようになった。おもしろくもなってきたが、あとで思うと、ちょっとご飯茶碗にはふさわしい絵柄だったかなぁと・・・・まあ、世界で一つだけのお茶碗なので、良いかも。


今回は、絵付けをして、その線の上に撥水材をはみ出さないように塗ってから、透明釉を掛けた。今回、撥水材塗ったのは、透明釉で絵付けの色が薄くならないように。でも、焼き上がってみないと、どう色が出るかはわかりません。それが楽しみでもあり、ちょっとドキドキでもある。来月初めの教室までには、焼きあがっているはず。



11月から、お茶の教室では炉のお稽古になった。それまで炉は閉じられ、風炉(ふろ)を使ってお茶を点てていた。11月は茶道にとって、茶壷を新しく開け、新しいおちゃも使い、お正月のように喜ばしい月だそうだ。床の間の掛けものも、いつもは掛け軸だが、11月は扇が飾ってある。

お手前も、風炉の時と道具を置く位置など違ってくるので、また色々新しい事を覚えなければならない。道具の置き位置の中に、利休さんの世界が垣間見れる。この写真の阿弥陀堂釜も、利休さんも使っていた形だそうな。

2008-11-18

荒治療



「ぼちぼちと」と言いながら、結局次の日の土曜の夜に、主人が「何か食べたいものある?」と聞くので、即答で「Juju亭の焼肉!」と答えてしまった。いざ近所の「Juju亭」に行くという時に、もしまた胃が痛くなったらと、思いはしたが、一応処方箋でもらっておいた、痛み止めがあるしと思い、「この際、荒治療だっ!」と、焼肉やら、チョレギサラダやら、オイキムチをしっかり食べてしまった。

たまに、無性に何かが食べたくてたまらない時がある。30代になって、車の免許を取るのに、教習所に通い、初めて車の運転を終えた日、帰りに無性に糸こんにゃくが食べたくなり、その晩は糸こんにゃく主流の水炊きを食べた。またアメリカ人の友達からも、日本に久しぶりに来た時、無性に人参が食べたくなり、人参を茹でて、どんぶり一杯食べてしまったという話しを聞いた事がある。

意識しなくても、体が何を欲しているのかが、脳にデータとして送られ、それを食べたいと無性に思うのかもしれない。土曜の夜も、お肉やピリ辛のものを欲していたのかもしれない。体の不思議なところだ。

おかげ様で、今も痛み止めにはお世話にならずにすんでいる。荒治療は、成功だった・・・・

2008-11-14

ぼちぼちと



胃痛の診察にお医者さんに行った時、食べ物は刺激の強いもの=にんにく、コショウ、辛いもの等、と消化に時間の掛かるかたいもの=肉、せんべい(笑)は、控えるようにということで、しばらくはうどんや魚を食していた。

やっと、大丈夫そうかなと思い、今日のお昼に久しぶりにお肉である、肉団子とこれまた久々の焼きおにぎりにしてお米を食べてみた。ちょっと重たい感じはしたが、胃は痛くならなかったので、なんとか大丈夫そう。でも、一気に変えていくと、また痛みが出るかもしれないので、徐々にお腹を慣らしていかないと。忍耐忍耐。キムチはまだまだ先のようだ・・・・

先日の陶芸教室に行った時、Y先生のお皿を購入した。この形のものを以前も買って、割ってしまい、またどうしても欲しかった。この形がなぜか好き。これを使ってまた美味しい物を美味しくいただきたい。

2008-11-12

今日の陶芸

今日の陶芸教室では、釉掛けの作業から始まった。
そば猪口の残りと、ご飯茶碗。


2階の釉掛けの作業場には、いくつもの釉薬入りバケツが置いてある。今日は釉薬をかき回すところからやった。ゴムベラで混ぜていくと、トロっとしてきた。



そしてトロっとしたものを、はけで塗った。



外側は、地肌が残るように塗ってみた。次週はこれに絵付けをする予定。


釉掛けの作業の後、先週作ったゴブレットの削り作業をした。最初は先週のあの形が本当にゴブレットの形になるのか、検討もつかなかったが、T先生の指導のもと、なんとかここまで削りだせた。
 
道のりはまだ長い・・・・

午後は!



今日の午後は、陶芸教室。先週は、手びねりで新しい作品を作り始めた。

手びねりで作る時は、粘土を長く紐のようにまず伸ばして、これを積み上げていく。この紐を作るのは、簡単なようで、でも均等に長く作るのは、最初は難しかった。去年最初の頃は、こんな長さにはできなかった。すこしづつではあるが、上達しているのかも。



そして、作ったのは、友達に頼まれた、ゴブレットとお皿。今日は、この削り作業をする予定。



以前作った、ぐい呑みとそば猪口も焼きあがっていた。なかなかいい感じに焼けてくれた。そば猪口の一つは、底を薄く削り過ぎたため、底がきれてしまった。(ひびが入ること)Y先生が、補強してくださるそう。

陶芸教室に行く前に、翻訳の仕事が入ってきたので、さあこれから一仕事!

2008-11-11

愛は多くの罪をおおう



先週の木曜あたりから、胃の調子が思わしくなく、2、3日おとなしくしていれば良くなるだろうと思ったが、なかなかよくならず、昨日はちゃんと近くの医者に行って、処方箋の薬をいただいてきた。おかげで昨晩は5日ぶりに、胃痛に悩まされず、ぐっすり寝る事ができた。

おそらく胃痛の原因は、旅の疲れが出たところに、本場のお土産キムチの刺激が強すぎで、胃が荒れてしまったのだと思われる。「痛みが続くようであれば、胃カメラを飲みましょう。」とお医者さんに言われたが、私の人生の目標の中の一つには、「絶対胃カメラは飲まない」というのがあるので、ちゃんと薬を飲み、胃が癒されることを祈っている。

韓国への旅の話しが来た時に、ぜひ訪れたい教会があった。韓国に一年間英語の教師として住んでいた主人も、ぜひ行ったらいいと言ってくれた場所で、ソウルからバスで2時間ほどのスウォン市にある堤岩里(チアムリ)教会。ここは1919年4月15日に日本軍による韓国人虐殺が行なわれた場所。 第一次世界大戦後の民族自決の潮流の中、日本に併合されて10年が経とうとしていた韓国でも民衆の独立運動が起こってきた。これが三・一独立運動で、ソウルのパゴダ公園で1919年3月1日に独立宣言が発表されて以降、韓国各地で独立を叫んで反日抵抗運動が展開された。 

堤岩里でもこの独立運動が行なわれ日本軍により弾圧された。そして4月15日、先般の弾圧がひどすぎたことを謝罪したいという名目で日本軍が村人を堤岩里教会に集め、入口や窓を封鎖した上で教会の建物に火を放ち、23人をだまし打ちにして焼き殺してしまった場所だ。この地域では、12箇所ほど同じような事が起こったそうだ。 

2日目の午後に行く予定にしていたが、昼間の予定に急な変更があったので、夕方になってようやく行くことになった。ちょうどラッシュアワーと重なり、堤岩里に行く最終バスの乗り継ぎに間に合うかどうか心配があったが、とにかく行ける所まで行ってみようということになった。

幸いにも、バスの時間に間に合い、9時ぐらいになってしまったが、無事堤岩里教会に着いた。そこには殉国記念館もあるのだが、もちろんその中には入れなかった。幸い、教会堂のドアが開いていたので、中に入って祈る事ができた。暗い教会堂の中、神様の前で、日本軍がここでした残虐な行為や日本の言葉や文化を無理に韓国人に強要したことを赦してくださるように祈った。そして、一緒に行った韓国人の友人にも、日本人のしたことを赦してほしいと謝罪し、彼女も日本人を赦しますと言ってくれた。また、韓国人が日本人をなかなか赦せない心を赦して欲しいと言われた。私も赦した。そして二人とも涙で顔がぐちゃぐちゃだったが、ハグをした。

小さな行為かもしれないが、無駄な行為ではないと信じたい。

前日の10月31日、韓国に着いた夜、友達の友達3人も夜遅くなのに、歓迎するために集まってくれて、皆クリスチャンだったので祈りの時を持った。その時も、私は祈りの中で過去に日本のした事を赦してくださいと、自然と神様に祈った。それを聞いた韓国人の人達が、「日本人のことは親から悪い人達だと聞かされて育ってきたけど、こういう風に謝ってくれる人がいてくれて嬉しい。日本人が赦してくださいと言っているのに、赦せていない私達をもどうか赦してください。他の人達にも今晩の事を話していきたい。」と言われた。今まで縛られていたものから解放された感じがした。

勿論、戦争はどの国も被害者となり、加害者にもなっていると私は思う。でも、加害者としてやってしまったことは、うやむやにするのではなく、ちゃんと反省して謝らないと、問題の解決は難しいと、主人ともいつも話している。ドイツはナチスがユダヤ人にした残虐な行為に対して徹底的に向き合い、反省し、謝罪した。そして前に進んでいる。

日本に戻ってきて、今問題になっている田母神氏の日本は侵略国家ではないという論文が出たというニュースが10月31日にされたことを知った。不思議な感じがした。

堤岩里教会で祈ったあと、教会堂の隣にある、牧師の家に明かりが着いていたので、ご挨拶とトイレを借りるために訪ねた。夜遅くにも関わらず、来た理由を説明したら、カン牧師はとても喜んでくださり、「電気をつけるからぜひ教会堂を見て行ってください。」と言ってくださった。そして、もう一度今度は明るい中で教会堂を見る事ができた。

前にある大きな十字架は、横の棒が腕のように湾曲していて、カン牧師がこの十字架は、お互いを愛をもって抱きあうことを象徴してこのように作られたと説明してくださった。そして、現在は日本人の人達もこの教会に通い、一緒に礼拝をしているということを話してくださった。

そして、記念に写真を撮らせてもらい、トイレをお借りしてから、歩いてバス亭まで行こうとしたら、車でバス停まで送ってくださると言ってくださった。愛を感じた。

聖書の中にこういうことばがあるのを思い出した・・・・

「互いに忍び合い、だれかがほかの人に不満を抱くことがあっても、互いに赦し合いなさい。主があなたがたを赦してくださったように、あなたがたもそうしなさい。そして、これらすべての上に、愛を着けなさい。愛は結びの帯として完全なものです。」

「何よりもまず、互いに熱心に愛し合いなさい。愛は多くの罪をおおうからです。」 

「また、ご主人と一緒にぜひ訪ねて来て下さいね。」とカン牧師が言ってくださった。今回の韓国旅行は、意味あるものとなった。

あー、早く胃が良くなって、残りのお土産キムチが食べたい!

2008-11-05

Change



アメリカの新大統領が、オバマ氏に決まった。

アメリカにいる、義母からもさっそくオバマ氏当選のメールが入った。実は義母はオバマ氏を応援し、ワシントン州のオバマ氏の選挙事務所にもボランティアをしに行ったこともある。

このバッジも、春にわざわざ送ってくれた。今日の2時半頃に入ってきた、義母からのメールには、大統領当選演説に行く前に、支援者に送られたオバマ氏からの感謝のメールも付いていた。

初の黒人の血の入った米大統領は、アメリカにとって大きな変革だと私も思う。これからアメリカはどうなっていくだろう・・・・God bless America!

2008-11-02

お帰りチャレンジ!


日本に到着!二泊だけの旅だったのに、まるで一週間ぐらい家をあけてたように感じるぐらい、動きまわり、人と過ごした。韓国人の人達の暖かさを感じる旅行だった。

一人旅の時、成田空港であるチャレンジをするようになった。飛行機の着陸時間から、税関を出て、到着出口に出るまでの時間のチャレンジ。

本日のタイムは、ジャスト20分!2時10分に着陸、到着出口には2時30分に出てきた。今回は、座席がビジネスクラスのすぐ後ろだったので、早く飛行機を降りれ、とにかく早足で歩き、通関には1、2番で着け、並ぶことなく帰国スタンプを押してもらえた。そして、今回はキムチをチェックインしなければならなかったので、荷物の受け取りを待っている間に、トイレまで済ませる事ができた。



出口を出てから両替を済ませ、横浜までのバスのチケットと自販のお茶も買って、2時35分のバスに乗れた!全行程を考えると、なかなかの好タイム!更なるチャレンジは20分を切ること。果たして可能なのだろうか… でもきっと、チェックインの荷物を待たなくてよければ、10分台も夢ではなさそうだ。

旦那さん、キムチ沢山持って帰って来たよ!

2008-10-31

それでは



突然決まった韓国訪問。まだ実感がわかないけど…

行って来ます!

今日はこれから




今日はこれから、韓国!

突然、先週の水曜日の夜に、韓国人の知人からメールが入り、韓国へ来るように誘われ、突如二泊三日の韓国行きが決定した。

連休にもかかわらず、チケットもギリギリで取れ、予約を入れた時には一万円ほど急に値段の安いチケットが取れた!奇跡だった!

なんかこの一週間バタバタしてしまった。主人も最初は週末いなくなるということで、淋しそうだったが、腹をくくってくれたようだ。(ありがとう!)

今日は成田空港に向かう前、昼に「日経日本画大賞」の受賞式に、通訳の仕事で着いて行った。

何と三月にNYへ一緒に行った、OファミリーのO先生が大賞を取られた!NYから帰ってから、文通をしている奥様とも久々の再会に共に喜んだ。

空港に着いて、またバタバタする予定。しばし、バスでゆっくりしようっと…

2008-10-24

誰も知らない泣ける歌 -勝利者



10月から始まった、火曜日夜9時~10時の日本テレビ(NTV)系列『誰も知らない泣ける歌』という番組で、小坂忠さんの『勝利者』という歌が紹介されるそう!

『勝利者』は小坂忠さんのこの『peace peace peace』というアルバムに入っている曲。

以前、仕事で壁にぶち当たったり、へこんだりした時、CDデッキにヘッドホンをつなぎ、ボリュームをできるだけ大きくして、泣きながら何度も繰り返して聞いて、励まされた曲。

これが取り上げられる!

ぜひ、来週の火曜日夜9時から、日テレご覧ください!

いい歌なんです。泣けるんです。

2008-10-22

茶のみ友達


昨日11am頃に、家から3分のところに一人暮らししている、教会のおばあさんから電話があり、「お昼にシュチュー作るから、食べにいらっしゃらない?」とお呼ばれが掛かり、夕方まで特に何も用事もなかったので、お誘いを受けることにした。

おばあさんのところに行ったら、おばあさんの近所のお友達も丁度立ち寄ったところで、見えていらした。その方は、お友達が来ると聞かされていたので、別のおばあさんがいらっしゃると思っていたらしく、私が来てビックリしていらした。

3人でお昼をいただきながら、色々な話しを伺った。そのおばあさんも娘さん家族と同じマンションには住んでいるそうだが、旦那様を亡くされ、一人暮らしだそうで、「お若い方と一緒に皆で食べるとおいしいわねー。」「そうねー。」と嬉しそうに言って下さった。

話しの話題は、株価の状況やら、聖書のことやら、戦争時代のことやら、家族のことやらとにかく次から次えと話題が途切れない。また、お二人の共通の話題は老いてきて身体が自由にならなくなってきていること。私にとっては、両親の年齢は亡くなった時に止まっているので、人が老いていく事をなかなか実感できなかったり、その体験を聞いたり見たりすることが少ない。なので、お二人と話していた(といっても私はほとんど聞いていたが)時間は、貴重なものだ。年齢を聞くと81歳といことで、父が生きていたら同じ年齢の方達だった。

昼の一時、食べて笑って楽しい時だった。この地域には老人が多い。一緒にご飯を食べたりお茶を飲んだりするだけで、心が和んでもらえるなら、こちらとしてもまた、ぜひご一緒させて色々聞かせて欲しい。特に、戦争の時の体験を色々と聞いておきたい。

「天の下では、何事にも定まった時期があり、すべての営みには時がある。
生まれるの時があり、死ぬのに時がある。植えるのに時があり、植えたものを引き抜くのに時がある。・・・・・」 聖書より

2008-10-18

千円の会


今日は、独身時代から8年程続いている、「千円の会」をやった。当時、OLの友達の友達の友達があるテレビ番組のアシスタント・プロデューサー(AP)で、通訳を探していたところ、私のところに話しがやって来て、引き受けた。その仕事の後、女性のAPの方を当時住んでいた南青山の家に招待し、紹介してくれた友達とその友達も呼んで、夕食を囲んだ。

帰り際にそのAPの方が、「千円払わせてください、また呼ばれたいので!私の業界では、『今度夕食でも』と言っても、本当に誘われる事がなくって、嬉しかったです。」といわれたので、「じゃあ、一人千円づつで、私が夕食を作りますからまた集まりましょう。名前を千円の会にしましょう。」ということで、始まった。いつもだいたい4~7人ほど集まる。

結婚して、横浜に引越し、遠くなってしまったうえ、急な坂を登っていただかなければいけないので、「千円の会」のメンバーが来てくれるか心配だったが、仕事の都合がつく限り、皆さん集まってくださる。今回は前回から1年ほど経ってしまったが、横浜では2回目。今日もたくさんおしゃべりし、たくさん食べた。

帰りに駅まで見送りに行って、帰ろうと思ったら、丁度陶芸教室のY先生とK先生に、偶然にバッタリ出会い、K先生には最後に挨拶できた。っといってもまた山登りには誘いますが・・・・
 
そして、主人は今日は女性達だけで楽しめるようにと、半日プールでゆっくり1km泳いだり、美味しいラーメン屋を見つけ食べたり、本屋に寄ったりして、丁度駅に着き、先生達にも千円の会のメンバーにも挨拶できたりと、5分間の間に、次々と色々なことが駅で起こって、ビックリ!そういえば、連絡を取りたいと思っていた、陶芸教室の忘年会やBBQでお会いした女性にも、その時会え、メールアドレスを交換できた。ホントに不思議でエキサイティグな一時だった。

帰りは、主人とそれぞれの半日を分かち合いながら、急な坂を登る事ができた。

2008-10-16

至福な時



小学生の頃から肩こりが続いている。中学の時に、母が通っていた整体に連れて行ってもらい、首をコキッっとやられ、もの凄くビックリしたのと恐怖を覚えた。

先日、友達とそのお友達とコンサートに行った。その時、その友達の友達のMさんが、経絡マッサージの勉強をしていて、11月から仕事としてマッサージを始めるらしく、それまでに多くの人にマッサージの勉強をさせて欲しいということを聞き、私はためらいもなく、「やってください。」と申し出て、今日来ていただいた。

3種類のマッサージをして頂き、休憩挟んで約5時間、マッサージをして頂いた。なんとも至福の時となった。経絡マッサージは、経絡に沿って、ツボや筋肉、関節に働きかけるもので、そこで出てきた老廃物をリンパに流すというもの。

どういうものかを知らなかったので、マッサージ中うとうとしてしまうのではないかと思ったが、とんでもない!寝転んでマッサージを受けたが、まるでランニングしているように全身が動いているような感じだった。そして、リンパに流す時は、忍の一時だった。

でも、成果がすぐに現れたのがわかった。休憩時間に無性にいい感じでお腹が空き、お菓子がいつもより美味しく感じられた。血行が良くなったのか、低血圧の人に特有ないつもだるい感じが消えて、体がいつも以上に動き、晩のおかずがいつもより一品増えた。新陳代謝がもっと良くなった。体のラインもちょっとすっきりした。

エステなどでマッサージをしてもらった時、もうちょっと強くもんで欲しい、あともう少しもんで欲しいと思う事があるので、今日は大満足で終わった!そして、何よりも素晴らしいのは、自分の家でやってもらえるので、リラックスしてマッサージしていただけること。彼女は、プロになったら、企業への派遣マッサージと個人宅への出張マッサージを考えているそう。


今月中にもう一回、やりたいというお申し出。願ったり!

2008-10-15

記憶のよみがえり


今日の陶芸教室では、ご飯茶碗の削りを完成させた。

前では、Mさんが一輪ざしの削りをしていた。削りの作業をする時は、結構もくもくと作業をしてしまう。ふっと目を上げたらこんな光景が目に入ってきて、削りかすがリースのようになっていたので、思わず写メしてしまった。

削りをする時は、作品を逆さにしてやる。口が細いものは、こういう型に入れて、削る。



そして、取っ手をつけて、こんな素敵でかわいい形に完成した。



この形を見ていたときに、小学校か中学校の美術の時間に、一回陶芸で小さな花瓶を作ったことがあったことを急に思い出した。Mさんが取っ手をつけているときに、その記憶が突然よみがえったのだ。人間の記憶って不思議。もちろんその時私の作った花瓶はこんな可憐な感じではなく、取っ手ももっと太かった。そして、もうそれは残っていない・・・・

先週焼き上がったものが2階に展示されていたので、見に行った。
今回目に付いたのは、いくつかのオブジェ。確か小学生が作った作品だと思う。

発想が自由でうらやましい。





今日は、今までお世話になった、K先生が今週で退職されることを聞いた。退職といっても、まだまだお若いので、これからもさらに活躍されると思う。先生が有名になる前にと思って、先生のお皿を2枚購入しておいた。(^^)v山登りにはお誘いする約束をしたので、またお会いできると思う。

K先生、いろいろ教えてくださりありがとうございました・・・・

2008-10-13

いい香り


最近はまっているのが、「焼きおにぎり」。
 
おにぎりを握って、油をひいたフライパンに乗せ、ご飯の部分に醤油をたらし、色づくまで焼き、裏返して同じように焼き色がつくまで焼く。
 
これは、なつかしい祖母の味。
 
小学生低学年のある日、祖母が家に泊まりに来て、母が何かの用でいなかったので、学校から帰ってきた時に、おやつ代わりに焼きおにぎりを出してくれた。祖母のものは、もっと油っこくて、醤油とその当時、食べると頭が良くなると言われていた「味の素」を振りかけて焼いてくれたと思う。油と醤油と「味の素」が白飯になんともうまく絡まり、おまけに醤油のこげた香ばしい匂いに、小さいながら食欲をそそられた。
 
それ以来、私の作る「焼きおにぎり」は、味の素はふりかけはしないが、この方法。最近は10穀米で作っていて、油も加減しているので、祖母の作ったものよりあっさりしているが、油と醤油のからんだ味に惹かれて、一日一回食べている。
 

 
金木犀が、今年も甘~い香りを漂わせてくれている。気温もいい感じなので、窓を開けている事が多く、部屋の中にまで漂っていて、嬉しいかぎり。去年、刈り込まれてしまった、前の家の見事だった金木犀も、規模縮小ではあるが、 それでもしっかりと香りを漂わせている。

 
焼きおにぎりも金木犀も、どっちもなつかしい香り・・・・・

2008-10-09

タイトル


昨日の陶芸教室では、先週の続きで、ご飯茶碗の削り。


久々に高台付きのものを作ったので、高台の作り方を忘れていた。


かんなの先を持って、少しづつざっくりと削り、肩を落としていくと、茶碗の丸みが高台の下にできた。

教室後、夕方通訳の仕事で、日本画の作家さんのアトリエに行った。その作家さんは私立の中・高校の美術の先生でもあるので、美術の教室がアトリエだった。作品は、アルミニウム版に顔料を塗った抽象的なもので、タイトルはお花の名前のラテン語表記にしてあった。

どの様に絵のタイトルをつけるかという質問に、「僕の場合、絵を書き終わった後で、それを1週間ほど毎日眺め、絵の印象から名前を着けていくんです。花の名前にすると、見る人にとって見るとっかかりになるかなと思って。」と答えてくださった。

描き終わってから、自分の絵を1週間眺めるって、なんか素敵な時間な気がした。ペースが速い昨今、じっとみつめるということを忘れて、ついつい流されてしまう。

このブログのタイトルも、大抵書き終わった後につける。勿論一週間も掛からないが・・・・

2008-10-07

中国の餃子 


昨晩、陶芸教室のY先生、K先生、Mさんで、餃子大会をやった。以前友達が中国の方から教わった、餃子を作ることにした。

午後買出しに行った時、駅の近くのお花屋さんのウィンドウを見たら、可愛いお花があったので、ちょっと覗いてみた。玄関に活けたいと思い、帰りに買いに来ることを、お花屋のおばさんに告げて、横浜駅に向かった。

横浜駅で餃子の具やら、なにやらを買って、帰りにお花屋さんに立ち寄ったら、店は開いているのだが、誰もいないようだった。「すみませ~ん!」と何度か、大きな声で呼んでみたが、やはり誰もいない。でも、お花屋さんは開いている。

仕方なく、隣の駄菓子屋さんのおばさんに、花屋のおばさんはどこにいるかわかるか聞いてみた。さすが、古くからある商店街。「植木だったら代金もらっておくんだけどねー」と、すぐ目の前のお花屋さんの家まで、呼びに行ってくださったが、お留守のようだった。

そうしたら、遠くのほうから「ごめんなさ~い!」と言いながら、お花屋のおばさんが小走りにかけって来た。お昼を食べに行っていたらしい。なんか、そういう昔ながらの光景が、微笑ましかった。


可愛いと思った花の活け方について、お花屋のおばさんが教えて下った。でも基本は自由に活ける事が大切だと教えてくださった。とにかく、無事シンフォリカルポスと紅葉した雪柳を買って、家へ帰り花瓶に自由に活けてみた。



そして、夕方4人で104個の餃子を包み、カセットコンロでは水餃子、ホットプレートでは焼き餃子を作り、他に持ってきていただいた、美味しい箸やすめをいただきながら、中国の餃子を味わった。食べ終わって数えてみたら、19個しか残りがなかったので、女4人で85個食べたことになる。ひとり20個ちょっと。


う~ん満足!

この餃子は、にんにくやニラが入っていないので、胃にもたれなく若い頃は、もっと食べた気がする。さすがに、今は腹八分目を覚えた。でもまた食べたい。主人も会社から帰ってきてから餃子を焼いてあげた。好評だった。

餃子のレシピ 60個分

ひき肉   400g
白菜    1/4個 (よく茹でてから水分を良く絞り、みじん切り。切ったあともよく絞る)
長ネギ   1本   (みじんぎり)
しょうが   ひとかけ (すりおろす)
塩      小さじ 2
醤油     大さじ 1
油      大さじ 2
ゴマ油    小さじ 2

鶏がらスープ 1カップ

ひき肉からゴマ油までを良く混ぜ合わせ、練る。最後に鶏がらスープを少しづついれて混ぜる。スープを入れる時は、一定方向にまぜること。

2008-10-03

興味津々


先日、ランチアポの通訳の仕事で、六本木ヒルズのグランド・ハイアット・ホテルに行った。帰り際に、日本画家の千住博さんの作品があるというので、見せてもらった。

ホテルのウェディングの場所の入るところの待合室のような所に、千住さんの有名な滝の作品があったが、壁にそのままつけてあったので、おそらく誰かが触ったであろう指跡がついていた。

ランチアポには、日本画の作家さんもいたので、その方いわく、おそらく日本画の画材を知らずに、興味津々で触ってしまったのであろうと。昔も日本画は襖などに描かれていたが、おそらくその当時の人達は、どんな画材で書かれているか知っていたので、触らずに済んだのではとおっしゃっていた。

私も、友達が日本画をやっていなかったら、きっと日本画が何で描かれているかなど、知りもしなかっただろう。そして、興味津々で触ってしまう一人かもしれない。何か、興味のあるものに触ってみたくなるのは、なぜだろう・・・・


今日は、久々にコストコへ友達と行ってきた。大きなパンプキンが売られていて、「秋~」を感じた。

パンプキンを見ると、頭に浮かんでくるのは、アメリカの感謝祭と七面鳥とパンプキンパイ!


大きなパンプキンも売られていて、さすがにこれは「観賞用なので、食べられません」とあった。ということは、小さめのものは食べられるのかな?

やっぱり、大きなパンプキンは自然と触っていた。

2008-10-02

白化粧と透明釉


昨日の陶芸教室では、ロクロで作った、ぐい呑みとそば猪口の釉掛けをした。全部同じ五斗蒔土(黄色っぽい土)で作ったものだが、あるものは、素焼き前の生乾きの状態で、白化粧という釉薬を掛けたり、他のものは、素焼きしたものに白化粧と透明釉を掛けた。

確か、焼き方を酸化焼成と還元焼成という、違う焼き方で焼くと思うので、色が違ってくる。ちょっとお疲れモードだったので、ボーっとしながらの作業だったので、焼き方はうる覚え。


生乾きのものに掛ける時は、長く釉薬に浸けるとぼろぼろ崩れてしまうということで、ジャボンと浸ける程度で良いということ。(素焼きのものは3秒ぐらい浸ける。)それでも釉薬から出すと、素焼きしたものに掛けたのとは違い、乾いていた粘土がしっとりする感触がした。なるほど、長く浸けたら、土が溶け出してしまいそうだ。


釉掛けのあと、前回に引き続き、ご飯茶碗の二個目を作った。友達にあげようと思って作っているので、やっぱり心なしか丁寧につくりあげている。来週、削りの作業をしたら、もう少し、ご飯茶碗らしくなると思う。